2020年2月10日月曜日

マーマレード

 
 
夏みかんの?マーマレード

「レモン」という名札で買ったが、実際の実は夏みかんのようだった。台木が夏みかんで、それにレモンを接ぎ、夏みかんの勢いが勝ったというところかもしれない。
袋状の実は芯に少しあり、ほとんどが白く皮に値いするものだった。刻んだ皮を水の中で良く揉み、水を変え苦味を薄くしてから煮込んだ。
とろみの出来るペクチンは「種」から出るので茶葉用紙袋へ入れる。砂糖と一緒に煮込むこと30分。
なんと良き出来栄え!!
少しの苦味がいい感じ。
クラッカーに乗せて、コーヒーと。



春光やとろとろとろりマーマレード   mi

2020年2月5日水曜日

散歩コース

行きつけの蕎麦屋へ

江の島から観た富士山(1月)
                

「今日は蕎麦食べに行こう」夫の一声で散歩コースが決まる。目的があると足取りも軽い。夫は好物が待っていると思えば尚更だ。
片道3キロ、旧街道の歩道は狭く、ずっと串団子状態で縦に並んで歩く。
途中のお寺にはコブシが蕾を尖らせていた。
紅梅はもう満開だ。
イヌフグリ、タチツボスミレも咲いている。
春なのだ。
そろそろ庭の土にも堆肥を播かねばならない。
薔薇の細い枝は切り落としておかねば。
忙しくなってくるよ~。

・・帰りはさすがにタクシー利用となった・・



灯台へ行く道一つ藪椿    mi


2020年1月27日月曜日

牡蠣


頂き物の牡蠣。手のひらサイズ。
冬になるとすぐに食べたくなる牡蠣だ。
勿論生牡蠣だが、どうにも殻が開けにくいので1分程レンジでチンすると0.1ミリほどの隙間ができる。そこをこじ開けるのだ。
ほとんど生の状態で食べられる。
我が家は子供、孫まで生牡蠣派だ。
それは、ひとえに私の嗜好からくるもので、私が美味しいと思うものを食べさせるのだから、子供は初めて食べる牡蠣が生だったせいで牡蠣とは生で食べるものと思っていたらしい。
ああ 美味し!


牡蠣の殻開けば吸い込むばかりなり  mi




2020年1月22日水曜日

チャイナペイント クリスマスローズ

自筆 チャイナペイント「クリスマスローズ」

春に先駆けてクリスマスローズが咲き始めた。
少し膨らんだ程度だが確かな蕾だ。
常緑の植物なので手がかからないし強いと思う。
我が庭の植物はほとんどが宿根草だ。ほっておいても次の年には花が咲く。肥料はやりすぎは良くないというので、ほどほどの手入れが私には合っていると思う。

しっかりとした茎に「キタキチョウ」がしがみついて、越冬しているのを見た事がある。常緑の葉の影とは良い場所である。翅を閉じて動かない姿勢に感動した。



クリスマスローズ硬き蕾の春めけり  mi


2020年1月15日水曜日

一期一会

皇居平川橋より
お濠に映った冬の雲、点々といる水鳥。

ある朝、「おはようございます」と声をかけながら、一人の先客がいるバス停に並ぶと、その先客の女性は振り向きながらにっこりと挨拶を返した。
「寒いですね」と私が言ったのを皮切りに、今朝の大山の雪模様、その方の郷里の北海道の雪の話、同年代同志の会話は次々と沸いてくる。

私とその女性は初対面、なのに、バスを降りる頃には、私が横浜で高校時の同級生と待ち合わせをしてホテルのカレーを食べに行く事、その女性は伯母様のお見舞いへ行く為、今娘の所へきている事など知ってしまった。
別れ際、「今日は横浜で楽しい一日を過ごしてくださいね」と彼女、私も「あなたもお気をつけて」

これは一体!
彼女の笑顔のなせる業なのだ。
私は知らない人と楽しいひとときを過ごしたのだった。きっと彼女は誰に対してもにこやかにやさしく接するのだろう。オバサン達は語りたいのである。その時の事を思い出すと、笑いがこみあげてくるのだ。



真向いを雪の阿夫利嶺バスを待つ   mi




2020年1月10日金曜日

セージ


セージは息の長い草花だ。
去年の夏から約半年も咲き続けている。
しかし、徒長した枝と奔放に花穂を伸ばす様が、いかにもうるさく感じてきたので、根元からばっさりと切ることにした。
春には又芽吹いて花を咲かせる事だろう。


寒に入るセージの藍の黒ずみて  美代

2020年1月7日火曜日

キーウイ


我が町も老人が増えてきた。
空き家も目につくようになり、ここの住人は一体どこへ行ったのだろうと思うことがある。
高齢になり息子さんの所へいらしたのか、病院へ入っているのか、住みよいマンションか施設へ移ったのだろうかと。
昔は植木や花を育て草を抜き、きれいにしていただろう庭は、荒れ放題になっている。
キーウイは庭を超えて鬼胡桃の天辺まで伸びていた。
たった一つ生き生きとした実りがあった。



キーウイ熟れ空き家息づく冬の空   美代


2020年1月1日水曜日

お正月



 
 
 
 
 
明けましておめでとうございます。
今年も恙なく暮らせますようお祈りします。
大きな災害がありませんように
事故やテロが起きませんように
助け合っていけますように
お祈りします。

松の緑は変わらず、悠然と構えているようです。
セージの藍色は、花では無くそれを包む「苞」である為、寒くなっても花のように見えてお得な草花です。
今年もよろしくお願いします。


松活けて辺り鎮まる去年今年  美代



2019年12月25日水曜日

シュトーレン 菓子



クリスマスのお菓子「シュトーレン」は、友人が毎年焼いてくれるお菓子だ。中身にドライフルーツが詰まった発酵させないパンだという。まるで雪のように砂糖がかかっている。

薔薇模様の磁器は
右→ ドイツ・マイセン製の茶葉入れ(本物)
左→ 私が真似て描いた薔薇のカップ

職人は幾枚でも同じ模様を描く、何人もいる職人が同じ薔薇を描かなければ商品にはならないのだ。
といっても、これは市販のカップに私が自分用に描いた物、満足の1品である。




2019年12月21日土曜日

イルミネーション


六本木東京ミッドタウンです。
友人に誘われて観に行きました。
いろいろ変化する色の中でも、青がやはり綺麗ですね。
自然の色があるとホッとするのかもしれません。



六本木一つ降りたる冬の星   美

2019年12月16日月曜日

庭の千草 6


・ツルウメモドキ(ツルに赤い実)
・アブチロン(赤いちょうちん)
・セイタカアワダチソウ(黄色)

今年活けた花材はほとんどが我が庭の草花である。(今日は河原でセイタカアワダチソウを頂いてきたが・・)
若いころ剣山を使った伝統的な生け花を学んだが、年を取るにつれて剣山は使わず、投げ入れのにぎやかな彩りに惹かれるようになった。イングリッシュガーデンのような多彩な取り合わせもいいなあと思うようになったのだ。
かくして、このような自由な活け方を楽しんでいる。
芭蕉の言う「不易流行」にも似てはしないだろうか。
伝統的なものを大事にしながら、新しい変化を求める流行に楽しみを見つけているのである。



枯野にも枯るる華やぎ日の射して   美


2019年12月11日水曜日

冬瓜

冬瓜 

冬瓜スープ(椎茸、鶏肉)


頂いた冬瓜は、近頃流行りの小ぶりである。
といっても25センチほどもあるのだ。
大きく切ってスープに。椎茸のだしが効いている。

冬瓜を届けてくださったTさんと家庭菜園をやっていた時、私達の焚いた煙に消防車が来たことがある。 抜いた草を積み上げて火をつけると、一気に炎は3メートルを超え、その煙はもくもくと高く昇り周りの住宅へ入りこんでいった。誰かが通報したらしく消防車はすぐに来た。その炎の大きさに驚き後の事は覚えていない。

草を焚くときは、少しづつ分けて火をつけねばならないらしい。そう言えば、畑に上がる煙は細くいつまでも続いている事を思った。今でも懐かしく思い出す出来事である。



遅き夜の冬瓜スープ透きとおる   美


2019年12月7日土曜日

庭の千草 5

・つわぶきの花
・あやめの葉
・ヤブランの黒い実
狭い庭にも花材がまだあるものだ。
ヤブランの黒い実が茂った葉の中に隠れていた。


 
大嘗宮一般参観へ(12月5日)

2万人とも言う人並み、坂下門からたどり着くまで2時間ほどかかった。
大嘗祭(だいじょうさい)とは、即位された天皇が献上された新穀を神々へ捧げ自らも食し、五穀豊穣と国家国民の安寧を祈願する神道による儀式。それが行われたこの舞台は、この後取り壊されるという。
約1300年前からとり行われた通りに、屋根は板ぶき、壁はよしず張りだった。
伊勢神宮に似ていて、我が家の神棚にも似ていた。



石蕗咲くや皇居に並ぶ人いきれ   美



2019年12月3日火曜日

蜜柑


自筆 チャイナペイント「蜜柑」
 

下絵付けは、素焼きの生地に絵付けをしたもの。上絵付けは釉薬をかけ焼成してつるつるした生地に描くもの。
チャイナペイントも、白い磁器に上絵付け用の絵の具で描いたものです。
それを800度の電気炉で焼成しています。
絵の具は釉薬の中へ溶け込んで、表面にはでていません。
描く事が楽しいのです。
オレンジ1色で量を厚く塗ると濃い色に、少量を薄く伸ばすと淡い色に、白い花色や葉は皿の白そのままを活かし筆で色を拭き取ります。

冬の果物というと蜜柑が一押しだ。
祖母の家の裏に大きな蜜柑の樹が数本あった。
原種に近い蜜柑の樹は枝が密集していて、その間を登るのはトゲに刺されたり服が引っかかったりして、至難の業だった。
ハサミを使うわけではないので、蜜柑の皮を半分枝につけたまま千切りとっていた。
蜜柑のへそに親指を入れると「ボコッ」と音がして、香りが噴出してくるのだ。手が黄色くなるほど食べた。


蜜柑もぎ香気たつ手の濡れてくる   美


2019年11月30日土曜日

赤蕪

赤蕪(ビーツ)のスープ

紫大根のソテー

ビーツの3センチほどの小玉を1個入れただけだが、この鮮やかさ。じゃがいも、白菜、人参等全部染まった。
白い蕪も一緒に浅漬けにすると真っ赤になる。
紫大根をフライパンで焼くと紫も際立つし甘い。

近所の友人が家庭菜園を作っていていつも分けてくれる。この珍しい野菜たちも有難く頂いた。


赤蕪の茎もつらぬく緋色かな  美代


2019年11月26日火曜日

悴む(かじかむ)


朝から小雨の降る日。
公園に予定していた花壇作り決行、市から100株の花が支給されたので植えねばならない。
放置されがちな公園の花壇を見ているので、綺麗に保つには人目を引いて関心を持ってもらう方が良いと思っていた。
係となったからにはと、少しデザインを施し虹をイメージして皆さんと一緒に植えた。
子供たちは喜んでくれるかしら。


草の根の深さに掘りて悴めり  美代


2019年11月22日金曜日

甕棺墓列(吉野ヶ里遺跡)


佐賀県吉野ヶ里遺跡の甕棺墓列(かめかんぼれつ)
前回行った時、展示室の甕棺は立ててあり何故両端が尖って不安定な形なのだろうと疑問に思っていた。
甕棺の葬り方(説明書より)
①横穴を掘り、その中へ甕の片方を尖った方から入れる。
②その甕へ遺体を置き、足元からもう片方の甕を合わせる。
③継ぎ目は粘土でしっかりふさぐ。
なるほど穴の中で甕をつなぎ合わせるから端は尖っていてもいいのだ。

1800年もの間しっかりと繋ぎ合わさった甕棺に入っていた遺体は、指の先まで骨が残っていたのである。
酸性の水や土が滲みて入った甕棺の遺体は解けて消えていたのだ。
円錐形の甕棺は優美でりっぱな形だった。



冬ざるる朱き甕棺野ざらしに   美代


2019年11月14日木曜日

キタキチョウ

(11月11日 小鮎川付近にて)

「キタキチョウ」は成虫のまま越冬する蝶である。
そして早春に飛んでいる黄色の蝶がいたら目覚めた「キタキチョウ」かもしれない。
日当たりの良い土手を、ひらひらと黄色いものが飛んでいた。静かに近ずくと「キタキチョウ」だった。
体長2センチ程の蝶。
越冬する為の巣になる落ち葉を見つけようと必死に見えた。

キタキチョウの名を知ってからは、たびたびこの蝶を目にするようになった。興味を持つと向こうから目に飛び込んでくるものらしい。


一片の花散るごとく冬の蝶    美代


2019年11月10日日曜日

洋梨

 
自筆 チャイナペイント


洋梨は少し柔らかくなってから食べる。
手で触って硬くない、ほんの少し柔らかさを感じるだけで良い。
歯がスッと入っていくようになった時が一番美味しい。
香りもほのかにたってくるのだ。
テーブルの上の小さな籠に入れて楽しみにしている。

今日は天皇陛下即位パレードがある。
まさに日本晴れ!
良かったです。



父の忌の梨遠くまで買いに行く   美代





2019年11月5日火曜日

庭の千草 4

 
メキシカンセージ(紫)
アブチロン(赤ちょうちん)
野紺菊
あやめの細葉
みょうがの葉は後ろに

句会が終わると真っ先に飛び出して帰る。
夕飯を作らねばという使命感からだ。ところが最近、夫が用意してくれている時がある。結婚して50年近くになって初めてのことだ。
「おいしそう!!!」
腕を上げたわね。なんと素晴らしい。盛り付けもいい。たまには濃い味付けもいいわね。・・・・私はここぞとばかりに言葉を惜しまない。
白いご飯が光っているね(私は玄米、麦を混ぜるから)

朝なかなか起きなくても見逃そう、あちこちに新聞広げても見逃そう。聞いているのか返事をしない事に腹を立てまい・・そう思える程にうれしい事なのだ。
継続は力なり。
これからもよろしくお願いします。


夫の拭く皿の輝く冬はじめ   美代



2019年11月1日金曜日

チカラシバ

 
 

チカラシバはイネ科の多年草である。
その名の通り強い。ちょっとの力では切れないし、抜けない。
庭や畑等に生えると困った雑草であるが、この紫のブラシのような穂が美しくて今や鉢植えで売られてもいる。
雑草というにはもったいない程の草がいろいろあるから、散歩は楽しいのだ。
   
 
アメリカセンダングサの実
服や犬に、いつの間にかくっついている実だ。
群生している時の黄色の花は可愛らしい。
 
 
 
缶蹴りのやがて静かに草紅葉 美代
 
 
 
 

2019年10月22日火曜日

庭の千草 3

 

静かに季節が移り替わると、いつのまにか庭の草花も入れ替わっている。あれ程盛んに咲いていた秋海棠も散ってしまった。
赤いジュズサンゴがひときわ目を引く。
紫蘭の実が硬く黒ずんでいる。
ホトトギスは次々と咲いては散っている。
藪から出てきた水引草。

近くの広い空地に耕運機が入り、雑草もろとも耕し鋤きこんだ。草の処理に一番お金のかからない方法だという。
こんなに養分満点となった土に何かを植えない手はないと、私は密かにワイルドフラワーの種を蒔こうと思う。
種袋に小さな穴を開け、手の中で振りながら一回りしよう。来春、一面の花畑が出現したら、きっと地主さんも驚くだろう。
それとも・・・・


実はなべて空へ上向きほととぎす  美代


2019年10月18日金曜日

棗(なつめ)

 
自筆上絵付け



このブログを始めて棗のページは5回目になる。
棗の樹自体は4、5メートルはありそうだが、散歩道の道路の下段から生えているので、高い処の実にはすぐ触れることができるのだ。
食べると甘いことはわかっているので、もう採る気はしない。
慣れるという事はあぶない。
青い実にも熟れた実にも、敏感に季節を感じていたのに、今はどうだ。
通りすがりに、ちらと見やる程度の関心しかないのだ。
ああ・・衰えるなあ。


農協の周りは農家棗熟る   みよ


2019年10月13日日曜日

台風の日

ヨガのポーズ
 
 山桃酒(氷が白い)4か月目 
 
 
台風の日、家にいる日はヨガをする。
お気に入りのポーズを幾つか書いて壁に貼っている。
テレビで観た型を書き留めたのだ。
気が向いた時だけだが、すっきりするから効用があるのだろう。
夫にも勧めるが、我が道を行くの彼には合わないらしい。

4か月経った山桃酒を味見してみた。
なる程こんな味なのですね。
風味豊か、素朴、最後に少し土の匂いがしたような。
山桃をくださった方に感謝して頂いた。



台風の拭いても足の湿りかな  美代

台風やクラッカーと山桃酒

2019年10月9日水曜日

庭の千草 2

                              (クリックすると拡大します)

庭の草花だけで活ける。
夏の生け花との違いが分らない夫に説明した。
材料は同じでも、秋だという季節感は分ってほしいな。

 あやめの葉にもう真っすぐな勢いはない。
 秋海棠は垂れて実になろうとしている。
 アブチロンの赤いちょうちん花はなお赤い。
 青いセージの花は鮮やかさを増している。
 ほととぎすは秋の花である。
 みずひき草は茶色の実を付けている。

哲学者の西田幾多郎は言っている。
「知と愛は一致する作用である」と。
私は草花を愛する、即ち草花を愛する自分を愛しているのだ・・と思う。が、本当はどうなのだろうか。



 八千草や詩人は庭を愛しみぬ  みよ


2019年10月4日金曜日

銀杏


友人から頂いた銀杏。
その友人も又友人から貰ったというので、その人は一体どれ程の銀杏を拾ったことだろう。
この写真を米・ワシントンに住んでいる息子にラインで送ったところ、イチョウの樹が色づいているようだが実には気付かなかったと言う。
匂いのする実がならないように雄株があるのだ。

銀杏は雌雄異株という事は知られている。
だから、実の付かない雄株を作るには、幾度かの選別をして実の落ちない雄の樹だけを選び、接ぎ木や挿し木をしてクローンを作り雄の樹だけを植えているらしい。

新聞紙に銀杏を包みレンジでチンして殻を弾けさせ、さみどりの実をいただいた。



電子機のポンと銀杏弾けさせ  みよ




2019年10月1日火曜日

朝日のあたる家

 

朝日のあたる家 と聞くとアニマルズを思い出す。歌詞はわからずとも胸がジーンとなって聴いたものだ。
こちらは我が家の通学路に面して置いてある小さな家だ。
まだ数軒隠れている。

「ジュズサンゴ」が真っ赤に実をつけている。
ホトトギスも満開だ。
華やかな夏の花に比べると、地味なものだが、それなりに精一杯の秋を謳歌しているのだ。

私達二人も70代、あと2年で後期高齢者となる。
支え合って生きていこうと思う。




てらいなく寄り添う齢月見草  美代





2019年9月28日土曜日

浅草 朝日ビール本社

 
朝日ビール本社21階にて句会(中央金色ビル)
手前橋の青い網は花火大会の転落防止用。
 
 
日の出桟橋 墨田川を上る
赤い舟には「gozabune]とあった。
高貴な方の為の舟かも・・
 

 
芝離宮で吟行した後、舟で浅草へ。
朝日ビールの本社21階のレストランで句会。
その続きをロビーの椅子で、外の花壇の縁に腰掛けて。
超結社のこの仲間の20年続いている句会だ。
次の約束もしっかり決めて17:00解散となった。


八つ橋の石組さやか鑿(のみ)の跡  美代




2019年9月24日火曜日

彼岸花 青毬(あおいが)


   
スケッチブックに描いた彼岸花。
写真に撮ると紙の白さが出ない、どうしたことか。
凹凸のあるか紙質だからなのか、フラッシュをたいても白くならない。
 
 
自筆上絵付け 

自筆上絵付け(チャイナペイント)です。
縦16センチ、 横33センチの長皿。

青毬が早くもはじけている。秋の気配濃厚だ。
青々とした毬だが、道路には弾けた栗が転がっている。
このように、季節の草花や果物を描いているのが幾皿かある。
料理の盛り付けにも使えると思うが、わが家族には貰い手がなく時々自分で「良い色合いだわい」と慰めている。


笑み栗の艶のこぼるる古墳かな   美代




2019年9月20日金曜日

西都原(さいとばる)古墳群・宮崎県

 

宮崎県西都市にある西都原(さいとばる)古墳群。
以前から興味のあった古墳群を観に、用事のついでに寄ることにした。
1500年も前の古墳時代、この地に人々の生活があり、墓を祭り、今も人々が住み続けていることに感動する。
舟形埴輪、
大きな屋根のある家形埴輪、
鉄製の兜や刀等が展示されていた。
この舟に乗って外洋まで出たのだろうか。
家形埴輪は、以前観た出雲大社を彷彿とさせる作りだ。
平面の横から観た円墳は、高さ3、4mに見えた。



誰が眠る古墳色無き風の中   みよ



2019年9月7日土曜日

芋の露。。

 

庭に落ちていた里芋から葉が伸びていた。
夜露が窪みに溜まってゆらゆらしている。
伐りとって活けても案外枯れずに長持ちしている。

  芋の葉 (高さ60cm)
  秋海棠
  みずひき草

芋の葉の濃い緑と広葉がうれしい。
指先で水を載せるときらきらと
光を弾いた。


芋の露鬼ごっこして転げ落つ    mi



2019年8月28日水曜日

生け花で遊ぶ 1

 

庭の草花が繁茂している。
少しづつ伐り「投げ入れ」で遊ぶ。

お決まりの「あやめの葉」
ルドベキアの黒い蕊ぼうず
秋海棠 のピンク
南天の葉
名前はわからない細かい葉(左)

どれもが長持ちする葉ばかりである。
活ける楽しさは生活を浄化してくれるような気がする。
形は自然と定型化してきているが、
あやめの葉は真っすぐに立つのが美しいので、こんな形になってしまうのです。



新涼や朝の切り花二三本     みよ


2019年8月25日日曜日

黄色い西瓜

 

西瓜は秋の季語である。
季節は静かに移っているのだ。

黄色の西瓜は、どこか懐かしい。
この小玉西瓜は熟れ切って、刃を当てると自ずからパチッと割れた。
中心は水の塊のようだ。
赤い西瓜と違って、私は黄色には甘さを求めない。
黄色はただ西瓜の水を湛えてくれればよい。

固定観念はいつも潜んでいて、「海鞘」(ほや)を食べた時もそう思った。
最初に料理屋で食べた時、独特の匂いがしたので(ほや)とはこんな味がするものと思っていた。
ところが、
東北の大船渡へ行った折り、津波で何も無くなった波止場にプレハブの寿司屋があった。狭いカウンターで出された新鮮な「海鞘」に驚いた。
あの匂いがしないのだ。
それは海の爽やかな匂い、まるで海水を食べているかのようだった。

タイの果物「ドリアン」もそうだ。
(トイレでソフトクリームを食べている匂いだ)と他人は言う。
臭いというのが常識だ。
しかし深夜、道路に手押し車でもって来たもぎたてのドリアンを食べた時も驚いた。 あの匂いがしない。確かに慣れない果物の匂いはするが、いやではなく、ソフトクリームを食べているような滑らかさだけが印象に残った。

ドリアンは臭いという固定観念。
確かに古いドリアンの傷みかけた匂いはいただけない。
一度新鮮なドリアンを食べると観念も変わるだろう。

常に新しい目で物を見ないと俳句もできない。
顔を洗って新鮮な目で物事を見ることにしよう。
・・・といっても良い句はできないのですが。



万緑を天蓋にして石仏     miyo


2019年8月17日土曜日

無花果(いちじく)

 
 


無花果は、そのまま生で食するのは勿論だが、ソテーにしてみるのも又美味しさが増すというものだ。

調理に使われる果物は少なくないが、
この無花果のソテーはお勧めしたい。
口の中でとろけてしまうから
ゆっくり味わう暇もないくらいだ。

バターでソテーにし、仕上げに醤油を一滴たらしてみた。
これでデザートの出来上がりだ。




逢いたくて花火の下を駆け抜けて  美代


2019年8月11日日曜日

ローズマリー のリース

 

庭のローズマリーの繁りが大きく膨らんでいる。
切り取ってリースにした。
フェンネルの黄色の花をアクセントにして。
プレゼントにしようかなと考えるが
萎れて色褪せするだろうと思うと気になる。
私は色褪せしていく自然の様子を好むが、誰しもそうとはかぎらない。
リースとして飾られているほとんどが、造花や乾燥した花でつくられている。
作った時のままを維持していくのがリースの身上のようだ。
はたして、次の日には黄色の花は変色し、ローズマリーの葉先はまるまってしまった。
プレゼントにはしなくて良かったと思った。



八月や祈りいつしか孫のこと   美代



2019年8月8日木曜日

秋海棠(しゅうかいどう)

 
秋海棠、あやめの葉、紫陽花、紫蘭の葉
 


秋海棠、あやめの葉、紫陽花、南天、
フェンネル、ローズマリー、紫蘭の葉

 
2センチの糸トンボ


庭の草花を活けるのはうれしいひとときである。
花が無い時は、緑の葉だけの時もある。
いろいろな葉の形、色の濃淡、葉の大小、
それらを組み合わせるのが面白いのである。
いわゆる園芸種の花が無いのが特徴だろうか。
地味でざっとした生け花だ。

糸トンボの細かい種類はわからないが、
今日のは水色がついていない。
この前のトンボの相棒かな。




公園のベンチぽつんと鰯雲    美代