2019年11月30日土曜日

赤蕪

赤蕪(ビーツ)のスープ
は

紫大根のソテー

ビーツの3センチほどの小玉を1個入れただけだが、この鮮やかさ。じゃがいも、白菜、人参等全部染まった。
白い蕪も一緒に浅漬けにすると真っ赤になる。
紫大根をフライパンで焼くと紫も際立つし甘い。

近所の友人が家庭菜園を作っていていつも分けてくれる。この珍しい野菜たちも有難く頂いた。


赤蕪の茎もつらぬく緋色かな  美代


2019年11月26日火曜日

悴む(かじかむ)


朝から小雨の降る日。
公園に予定していた花壇作り決行、市から100株の花が支給されたので植えねばならない。
放置されがちな公園の花壇を見ているので、綺麗に保つには人目を引いて関心を持ってもらう方が良いと思っていた。
係となったからにはと、少しデザインを施し虹をイメージして皆さんと一緒に植えた。
子供たちは喜んでくれるかしら。


草の根の深さに掘りて悴めり  美代


2019年11月22日金曜日

甕棺墓列(吉野ヶ里遺跡)


佐賀県吉野ヶ里遺跡の甕棺墓列(かめかんぼれつ)
前回行った時、展示室の甕棺は立ててあり何故両端が尖って不安定な形なのだろうと疑問に思っていた。
甕棺の葬り方(説明書より)
①横穴を掘り、その中へ甕の片方を尖った方から入れる。
②その甕へ遺体を置き、足元からもう片方の甕を合わせる。
③継ぎ目は粘土でしっかりふさぐ。
なるほど穴の中で甕をつなぎ合わせるから端は尖っていてもいいのだ。

1800年もの間しっかりと繋ぎ合わさった甕棺に入っていた遺体は、指の先まで骨が残っていたのである。
酸性の水や土が滲みて入った甕棺の遺体は解けて消えていたのだ。
円錐形の甕棺は優美でりっぱな形だった。



冬ざるる朱き甕棺野ざらしに   美代


2019年11月14日木曜日

キタキチョウ

(11月11日 小鮎川付近にて)

「キタキチョウ」は成虫のまま越冬する蝶である。
そして早春に飛んでいる黄色の蝶がいたら目覚めた「キタキチョウ」かもしれない。
日当たりの良い土手を、ひらひらと黄色いものが飛んでいた。静かに近ずくと「キタキチョウ」だった。
体長2センチ程の蝶。
越冬する為の巣になる落ち葉を見つけようと必死に見えた。

キタキチョウの名を知ってからは、たびたびこの蝶を目にするようになった。興味を持つと向こうから目に飛び込んでくるものらしい。


一片の花散るごとく冬の蝶    美代


2019年11月10日日曜日

洋梨

 
自筆 チャイナペイント


洋梨は少し柔らかくなってから食べる。
手で触って硬くない、ほんの少し柔らかさを感じるだけで良い。
歯がスッと入っていくようになった時が一番美味しい。
香りもほのかにたってくるのだ。
テーブルの上の小さな籠に入れて楽しみにしている。

今日は天皇陛下即位パレードがある。
まさに日本晴れ!
良かったです。



父の忌の梨遠くまで買いに行く   美代





2019年11月5日火曜日

庭の千草 4

 
メキシカンセージ(紫)
アブチロン(赤ちょうちん)
野紺菊
あやめの細葉
みょうがの葉は後ろに

句会が終わると真っ先に飛び出して帰る。
夕飯を作らねばという使命感からだ。ところが最近、夫が用意してくれている時がある。結婚して50年近くになって初めてのことだ。
「おいしそう!!!」
腕を上げたわね。なんと素晴らしい。盛り付けもいい。たまには濃い味付けもいいわね。・・・・私はここぞとばかりに言葉を惜しまない。
白いご飯が光っているね(私は玄米、麦を混ぜるから)

朝なかなか起きなくても見逃そう、あちこちに新聞広げても見逃そう。聞いているのか返事をしない事に腹を立てまい・・そう思える程にうれしい事なのだ。
継続は力なり。
これからもよろしくお願いします。


夫の拭く皿の輝く冬はじめ   美代



2019年11月1日金曜日

チカラシバ

 
 

チカラシバはイネ科の多年草である。
その名の通り強い。ちょっとの力では切れないし、抜けない。
庭や畑等に生えると困った雑草であるが、この紫のブラシのような穂が美しくて今や鉢植えで売られてもいる。
雑草というにはもったいない程の草がいろいろあるから、散歩は楽しいのだ。
   
 
アメリカセンダングサの実
服や犬に、いつの間にかくっついている実だ。
群生している時の黄色の花は可愛らしい。
 
 
 
缶蹴りのやがて静かに草紅葉 美代
 
 
 
 

2019年10月22日火曜日

庭の千草 3

 

静かに季節が移り替わると、いつのまにか庭の草花も入れ替わっている。あれ程盛んに咲いていた秋海棠も散ってしまった。
赤いジュズサンゴがひときわ目を引く。
紫蘭の実が硬く黒ずんでいる。
ホトトギスは次々と咲いては散っている。
藪から出てきた水引草。

近くの広い空地に耕運機が入り、雑草もろとも耕し鋤きこんだ。草の処理に一番お金のかからない方法だという。
こんなに養分満点となった土に何かを植えない手はないと、私は密かにワイルドフラワーの種を蒔こうと思う。
種袋に小さな穴を開け、手の中で振りながら一回りしよう。来春、一面の花畑が出現したら、きっと地主さんも驚くだろう。
それとも・・・・


実はなべて空へ上向きほととぎす  美代


2019年10月18日金曜日

棗(なつめ)

 
自筆上絵付け



このブログを始めて棗のページは5回目になる。
棗の樹自体は4、5メートルはありそうだが、散歩道の道路の下段から生えているので、高い処の実にはすぐ触れることができるのだ。
食べると甘いことはわかっているので、もう採る気はしない。
慣れるという事はあぶない。
青い実にも熟れた実にも、敏感に季節を感じていたのに、今はどうだ。
通りすがりに、ちらと見やる程度の関心しかないのだ。
ああ・・衰えるなあ。


農協の周りは農家棗熟る   みよ


2019年10月13日日曜日

台風の日

ヨガのポーズ
 
 山桃酒(氷が白い)4か月目 
 
 
台風の日、家にいる日はヨガをする。
お気に入りのポーズを幾つか書いて壁に貼っている。
テレビで観た型を書き留めたのだ。
気が向いた時だけだが、すっきりするから効用があるのだろう。
夫にも勧めるが、我が道を行くの彼には合わないらしい。

4か月経った山桃酒を味見してみた。
なる程こんな味なのですね。
風味豊か、素朴、最後に少し土の匂いがしたような。
山桃をくださった方に感謝して頂いた。



台風の拭いても足の湿りかな  美代

台風やクラッカーと山桃酒

2019年10月9日水曜日

庭の千草 2

                              (クリックすると拡大します)

庭の草花だけで活ける。
夏の生け花との違いが分らない夫に説明した。
材料は同じでも、秋だという季節感は分ってほしいな。

 あやめの葉にもう真っすぐな勢いはない。
 秋海棠は垂れて実になろうとしている。
 アブチロンの赤いちょうちん花はなお赤い。
 青いセージの花は鮮やかさを増している。
 ほととぎすは秋の花である。
 みずひき草は茶色の実を付けている。

哲学者の西田幾多郎は言っている。
「知と愛は一致する作用である」と。
私は草花を愛する、即ち草花を愛する自分を愛しているのだ・・と思う。が、本当はどうなのだろうか。



 八千草や詩人は庭を愛しみぬ  みよ


2019年10月4日金曜日

銀杏


友人から頂いた銀杏。
その友人も又友人から貰ったというので、その人は一体どれ程の銀杏を拾ったことだろう。
この写真を米・ワシントンに住んでいる息子にラインで送ったところ、イチョウの樹が色づいているようだが実には気付かなかったと言う。
匂いのする実がならないように雄株があるのだ。

銀杏は雌雄異株という事は知られている。
だから、実の付かない雄株を作るには、幾度かの選別をして実の落ちない雄の樹だけを選び、接ぎ木や挿し木をしてクローンを作り雄の樹だけを植えているらしい。

新聞紙に銀杏を包みレンジでチンして殻を弾けさせ、さみどりの実をいただいた。



電子機のポンと銀杏弾けさせ  みよ




2019年10月1日火曜日

朝日のあたる家

 

朝日のあたる家 と聞くとアニマルズを思い出す。歌詞はわからずとも胸がジーンとなって聴いたものだ。
こちらは我が家の通学路に面して置いてある小さな家だ。
まだ数軒隠れている。

「ジュズサンゴ」が真っ赤に実をつけている。
ホトトギスも満開だ。
華やかな夏の花に比べると、地味なものだが、それなりに精一杯の秋を謳歌しているのだ。

私達二人も70代、あと2年で後期高齢者となる。
支え合って生きていこうと思う。




てらいなく寄り添う齢月見草  美代





2019年9月28日土曜日

浅草 朝日ビール本社

 
朝日ビール本社21階にて句会(中央金色ビル)
手前橋の青い網は花火大会の転落防止用。
 
 
日の出桟橋 墨田川を上る
赤い舟には「gozabune]とあった。
高貴な方の為の舟かも・・
 

 
芝離宮で吟行した後、舟で浅草へ。
朝日ビールの本社21階のレストランで句会。
その続きをロビーの椅子で、外の花壇の縁に腰掛けて。
超結社のこの仲間の20年続いている句会だ。
次の約束もしっかり決めて17:00解散となった。


八つ橋の石組さやか鑿(のみ)の跡  美代




2019年9月24日火曜日

彼岸花 青毬(あおいが)


   
スケッチブックに描いた彼岸花。
写真に撮ると紙の白さが出ない、どうしたことか。
凹凸のあるか紙質だからなのか、フラッシュをたいても白くならない。
 
 
自筆上絵付け 

自筆上絵付け(チャイナペイント)です。
縦16センチ、 横33センチの長皿。

青毬が早くもはじけている。秋の気配濃厚だ。
青々とした毬だが、道路には弾けた栗が転がっている。
このように、季節の草花や果物を描いているのが幾皿かある。
料理の盛り付けにも使えると思うが、わが家族には貰い手がなく時々自分で「良い色合いだわい」と慰めている。


笑み栗の艶のこぼるる古墳かな   美代




2019年9月20日金曜日

西都原(さいとばる)古墳群・宮崎県

 

宮崎県西都市にある西都原(さいとばる)古墳群。
以前から興味のあった古墳群を観に、用事のついでに寄ることにした。
1500年も前の古墳時代、この地に人々の生活があり、墓を祭り、今も人々が住み続けていることに感動する。
舟形埴輪、
大きな屋根のある家形埴輪、
鉄製の兜や刀等が展示されていた。
この舟に乗って外洋まで出たのだろうか。
家形埴輪は、以前観た出雲大社を彷彿とさせる作りだ。
平面の横から観た円墳は、高さ3、4mに見えた。



誰が眠る古墳色無き風の中   みよ



2019年9月7日土曜日

芋の露。。

 

庭に落ちていた里芋から葉が伸びていた。
夜露が窪みに溜まってゆらゆらしている。
伐りとって活けても案外枯れずに長持ちしている。

  芋の葉 (高さ60cm)
  秋海棠
  みずひき草

芋の葉の濃い緑と広葉がうれしい。
指先で水を載せるときらきらと
光を弾いた。


芋の露鬼ごっこして転げ落つ    mi



2019年8月28日水曜日

生け花で遊ぶ 1

 

庭の草花が繁茂している。
少しづつ伐り「投げ入れ」で遊ぶ。

お決まりの「あやめの葉」
ルドベキアの黒い蕊ぼうず
秋海棠 のピンク
南天の葉
名前はわからない細かい葉(左)

どれもが長持ちする葉ばかりである。
活ける楽しさは生活を浄化してくれるような気がする。
形は自然と定型化してきているが、
あやめの葉は真っすぐに立つのが美しいので、こんな形になってしまうのです。



新涼や朝の切り花二三本     みよ


2019年8月25日日曜日

黄色い西瓜

 

西瓜は秋の季語である。
季節は静かに移っているのだ。

黄色の西瓜は、どこか懐かしい。
この小玉西瓜は熟れ切って、刃を当てると自ずからパチッと割れた。
中心は水の塊のようだ。
赤い西瓜と違って、私は黄色には甘さを求めない。
黄色はただ西瓜の水を湛えてくれればよい。

固定観念はいつも潜んでいて、「海鞘」(ほや)を食べた時もそう思った。
最初に料理屋で食べた時、独特の匂いがしたので(ほや)とはこんな味がするものと思っていた。
ところが、
東北の大船渡へ行った折り、津波で何も無くなった波止場にプレハブの寿司屋があった。狭いカウンターで出された新鮮な「海鞘」に驚いた。
あの匂いがしないのだ。
それは海の爽やかな匂い、まるで海水を食べているかのようだった。

タイの果物「ドリアン」もそうだ。
(トイレでソフトクリームを食べている匂いだ)と他人は言う。
臭いというのが常識だ。
しかし深夜、道路に手押し車でもって来たもぎたてのドリアンを食べた時も驚いた。 あの匂いがしない。確かに慣れない果物の匂いはするが、いやではなく、ソフトクリームを食べているような滑らかさだけが印象に残った。

ドリアンは臭いという固定観念。
確かに古いドリアンの傷みかけた匂いはいただけない。
一度新鮮なドリアンを食べると観念も変わるだろう。

常に新しい目で物を見ないと俳句もできない。
顔を洗って新鮮な目で物事を見ることにしよう。
・・・といっても良い句はできないのですが。



万緑を天蓋にして石仏     miyo


2019年8月17日土曜日

無花果(いちじく)

 
 


無花果は、そのまま生で食するのは勿論だが、ソテーにしてみるのも又美味しさが増すというものだ。

調理に使われる果物は少なくないが、
この無花果のソテーはお勧めしたい。
口の中でとろけてしまうから
ゆっくり味わう暇もないくらいだ。

バターでソテーにし、仕上げに醤油を一滴たらしてみた。
これでデザートの出来上がりだ。




逢いたくて花火の下を駆け抜けて  美代