2021年1月17日日曜日

麦の芽

麦の芽のようやく揺らぐ高さあり   miyo
 
上記の句は約20年前に「ザ・俳句歳時記」に収載された私の句だ。俳句を作る喜びに溢れていた頃の句である。今はどうだろう、あの頃のように心を震わせる事はあまり無いようだ。すっかり大人になってしまった。萎えてしまったのか。
もう少し気持ちを元へ戻そう。今年も始まったのである。

2021年1月11日月曜日

無双仕立ての羽織から

無双仕立ての羽織を、洋服に仕立てた。金糸銀糸の刺繍がありスカートとボレロのお気に入りの服。ちょっとした集まりには良く着てきたが、このところそうした機会もない。
 
羽織の無双仕立てとは、表と裏を同じ布地で作ります。 表地を裾で引き返して、裏まですべて共布の袷になっています。なので、生地はたっぷりと使われているのです。
 
スカートは反物の幅で4枚をはぎ合わせて作り、二か所に腰で切り替えてギャザーを入れています。ボレロは袖をそのまま二枚はぎ合わせて、手を入れてみると、なんと上着になったという偶然の産物です。
 
 
着物解くこたつの横に広げては  mi 
 
 
 

2021年1月6日水曜日

小寒


 
我が家から散歩の足を少し伸ばすと、お地蔵さまや道祖神など昔から大切にされてきた神々が今も立っている。
一段と寒さを感じるこのごろは、三方を丘に囲まれたこの集落へ行く道が気に入っている。陽だまりのようにホッとする場所だ。
 
二人のささやかなお節、それでもお屠蘇をくみました。
 
 
小寒の地蔵を包む赤頭巾   mi
 

2021年1月1日金曜日

謹賀新年 2021

 自作;丑
今年はマスク無しで笑顔を交わせるようになりますようにと願っています。今年もよろしくお願いします。
自作の丑はデパートで展示販売していた時のものです。作った原型を元に石膏で作った金型で型抜きをしているので中は空洞にできます。
 
今年も庭の花を活けたいと思っています。
(万両の赤い実と水仙、アブチロン。)
 
山眠る百段のぼる観音堂   mi
 
 

謹賀新年 2021年

2020年12月26日土曜日

クリスマス

 
 
 
 
上の写真は、2014年11月3日に載せているものです。林檎を使った彩りがクリスマスらしいと思い、又載せます。ねこじゃらしがまだ緑色を残しているのでまだそう寒くなかったのでしょう。
下は、我が家の飾り棚に私の作品が並べられていところです。この人形たちにも慰められてきたが、この先この子たちの行き先はと思うと。。
 
 
赤きもの一つ身につけクリスマス  mi
 
(新しいブログの書き方になって、この項に1時間もかかりました。使いこなせないのでどうしようかと考えています)
 
 

2020年12月20日日曜日

霜の朝

 
 



霜の降りた朝、すぐに外へ出て紫のサルビアレウカンサを全部刈り取った。水道水に漬けると少しは暖かかった為、息を吹き返したかのように生き生きとした葉の色に。庭の花だけで活けてきたが、紫の花を刈り取ってしまうともうアブチロンしか残っていない。

枯葉が溜まっている公園はアートの世界。子供達は滑り台を枯葉で埋め尽くしていた。

 

 

2020年12月15日火曜日

自然薯の実の リース


 
春、蔓に粟粒大の花をつけていた自然薯は、秋 葉を黄色に染めて存在を明らかにする。冬、花は実となり中に種を宿している(下の写真は実と種)。
 
リースの土台 ; 自然薯の実
ノイバラの実、ツルウメモドキ、カラスウリ、乾いた紫陽花

2020年11月28日土曜日

糸ヒバのXmasリース


 
近所の庭が剪定真っ盛りだった。 あんなに綺麗だった糸ヒバが、さっぱりと坊主に伐られ下に沢山の枝葉が落ちていた。そこで、少しいただけないかと言うと快く分けてくださった。葉は柔らかく、柳のように長く垂れていた枝は良くしなり、輪を作るのに最適だった。葉は一見プラスチックのようにもみえるが、意外にも尖っておらず、触れると心地よかった。  数か月かかって採り貯めていた「カラスウリ」「ツルウメモドキ」「ノイバラの実」「自然薯の種」を配して出来た。     皆さんに解かって頂きたいのは、これらの木の実や野草の実は、決して人の目を楽しませている所の物ではなく、誰も通らない藪の中に分け入って採取したものです。
 
糸ヒバの葉

2020年11月22日日曜日

冬薔薇

自筆;チャイナペイント
 
冬の薔薇は散るのを覚悟して、咲き始める・・ようにみえる。ある朝突然散り始めたりするのである。下に白い花びらが落ちて重なっているのを見ると、そのままそっと見ているだけにする。 ( 直径28センチの皿)
 
 
春咲く花を育て始めた。丸い葉は「ラナンキュラス」。黒いひげのような根を土に埋めて1か月この大きさに育った。小さな芽は「ロベリア」、粉のように細かい種だった。9月に蒔いて2か月でまだこの小ささだ。来年4月に咲くまで後5か月間、水をやらなくてはならない。さて綺麗に咲く日がくるでしょうか。
 
 
秋蒔きの畝を平に均しけり  miyo
 

2020年11月15日日曜日

ツルウメモドキ





ツルウメモドキがようやく顔を出した。先日までは緑の珠で藪の中に隠れていたのだ。その皮を脱ぎ赤い実になって飛び出してきたのだ。庭には紫陽花の咲き残りと、メキシカンセージ等、まだ花が残っていた。
 
狭い谷間の田んぼは、土地改良の整理の時にその範疇に無かったらしく昔のままの形だ。その畔道は広い所もあり、他の使い道があったかもしれないと思った。万葉の時代には、雨乞いも豊作の祈りもこの広い畔で行われたかもしれない。そうみるとまるで舞台のようにも見えてくるではないか。
 
万葉の畔より続く赤まんま   miyo

2020年11月6日金曜日

Mr.Joe Biden

 
 
Mr.トランプ氏を描いたので、バイデン氏も描いておこう。アメリカの選挙はまるでお祭り騒ぎのように盛り上がっているようだ。しかし、腰に銃をつけている一般人のグループが混ざっているのを見ると、やはり別世界の選挙だと思う。
 
 
 
 材料
 
 
村人の黄色いベスト威嚇銃  Miyo

2020年11月4日水曜日

サルビアレウカンサ(メキシカンセージ)

 

 
・サルビアレウカンサ(紫)
・ヒメジョオン(白)
・野紺菊
・ホトトギス草
・洞庭藍(とうていらん)の終わり(右の銀色)
 
 
我が家のホトトギスは垂れて、しなだれて、咲く。こういう種類なのだろうか。秋の花でいっぱいなのに、地味な色合いばかりだ。好きな花を集めた結果である。
 
 
 

ほととぎす咲いては風が過ぎるだけ  miyo
 

 

2020年10月29日木曜日

ブローチ チャイナペイント

 
 自筆;チャイナペイント 
ブローチを付ける事は少なくなり引き出しの中にしまってあった。二十年前は、細い筆でいくらでも描いたものだった。もう細かい物は見辛くなって今は描いていない。見様見真似で描いてきた絵だが、この中でのお気に入りは左端の川のある風景だ。いつかこんな所へ行ってみたいと思いながら想像して描いた。
 
秋の野のサルビア燠のごと沈む miyo

2020年10月24日土曜日

女郎蜘蛛、 鴉

女郎蜘蛛は椿の枝の間に網を張っていた。やがて子を産みそうな大きな腹をしていた。2日後に通りかかると、雨滴が綺麗にかかっていた。
 
稲雀(いなすずめ)という言葉はあるがカラスにはないようだ。しかし、稲刈りの終わった田んぼにはカラスの群れが降りて落穂拾いをしている。雀は察知したらしく、とっくに姿を消している。カラスが群れで舞い降りるさまは観ていて気持ち良いものではない。カラス君には悪いけど・・     
 
 
鴉の目近し群れおる刈田かな   miyo
 
 

2020年10月17日土曜日

草の実, 臭木の実

水色の輪; 野ぶどう
黒い実; イヌホウズキ
赤い実; ジュズサンゴ
右の小さな枝の実; 三時そう、(ハゼラン)
 
草の実も鮮やかな色になった。そんな色の実に限って毒のある事が多い。イヌホウズキは道端に良く見かけるが毒がある。めったに採る人もいないだろうが。
 
下は8月13日に書いた「臭木の花」が実になったもの。ピンクのガクに青い実が映えている。藪に沿った道を塞ぐほど咲き、垂れていた「臭木の花」は、草刈りの時ほとんど刈り取られてしまったらしく、高い所に実になった2,3枝が残っているだけだった。
 
 
草の実の妖しき色に熟れていく  miyo
  
 

2020年10月16日金曜日

生しらす


「生しらす」を頂いた。
欲しいといって手に入る物でもなく、魚屋に「生しらす入荷」の札が立った時だけ、運よく通りかかれば手に入る代物なのである。それを届けて下さった友人に感謝。そし川の傍にポツンと建っている魚屋さんを見直した。その透きとおったしらすの甘さ、小さな眼がはっきりとして噛み応えもある。夫婦二人には十分すぎるほどの量、贅沢なお昼を堪能した。
 
小鰯の光秘めたる相模湾  miyo
 
 

2020年10月11日日曜日

Donald Trump (トランプ氏)

材料;ススキ、枯葉
 
あまりにも似ていないので出すのをためらった。髪型以外に描きたい特徴が無いようにみえる。それは私の関心の低さだろう。人間的には完璧な人はいないから、それは求めないとしても、世界が平和になるように働いて欲しいと願っている。
 
 
コスモスの倒れかかりて尚揺れる  miyo
 

2020年10月8日木曜日

自筆;チャイナペイント 栗

すすき・秋海棠・合歓の葉・ほととぎすの花・セージ 
 
秋も深まってきたが、庭の秋海棠は少々疲れ気味。 ねむの木は去年根元からばっさりと伐ったのに、ひこばえが出て喜ばせてくれる。元気なのはセージの青さだ。日毎に青みが濃くなっている。そろそろ秋蒔きの用意をしなければと心忙しく過ごす日々である。
 
 
日頃見ぬ低きを来たる秋の蝶  miyo
 

2020年10月2日金曜日

稔田

稲が稔ると、あっという間に刈られる。それも一人でコンバインを使って刈り取ってしまうのだ。だから稲刈りの瞬間を見ることはほとんど無い。横を流れる川には、カワセミと白鷺がいた。 いずれも小魚を捕るので、同じ場所に住むのは当然かもしれない。カワセミが小魚を捕り枝にたたきつけて飲み込むのを何度か目撃している。一年を通して見かけるので「留鳥」だろう。渡り鳥では無いと思う。カワセミの巣は、まだ護岸工事をしていない土手に深い穴を掘って作られている。
 
鳥威しキラキラ風をかき集め  miyo