2014年12月25日木曜日

シュトーレン(お菓子)

クリスマスが近づくと、友人から手作りの「シュトーレン」が送ってくる。
戴くようになってからもう何年になるだろう。
青春の一時期を同じ寮で過ごし、それから47年、ずっと変わらない友情が続いている。
家政科だったので、洋裁、和裁、調理実習等全部の教科が同時に進み、したがってスーツを作りながら、袷の着物を縫い、きゅうりや大根を薄く切るテストも受けなければならなかった。
寮の躾は厳しく、起床6:00、消灯10:00。それでは提出日に間に合わず、消灯後廊下や自習室で着物を広げて縫う日もあった。廊下は毎朝皆でぴかぴかに磨きあげていたので、着物やワンピースの布を広げても心配なかったのだ。
そんな時を助け合いながら過ごした友人達は、いとおしい程なつかしいのである。



 去年今年会いたいという友の声         茜


2014年12月20日土曜日

梔子飯


梔子(くちなし)の実を、ある句会へ持参した。
すると、梔子の実を初めて見るという方が案外居たのには驚いた。
あの白く清純な感じの花、強烈で甘い香りのする梔子の花は誰でも知っているだろう。
くちなしの語源である実の口が開かないという実際の実を見たことがないというのだ。
そう言えば、逆に
どんぐりの実を拾ってもその花を知っている人は少ないだろう。
人は興味のある物に心を寄せて、その前後の事まで気を回さないのかもしれない。

この時期恒例の「くちなし飯」を炊いた。
3合の米に1個のくちなしの実にしたので、少し黄色が薄かったようだ。。
お湯に実をふやかし、黄色の水を作り、それを米水に加えて炊くだけである。
無味無臭、しかしなんだか美味しいと思うのである。



 もう次の駅見えている冬茜         茜

 
 米だけはたっぷりと炊き冬篭         々
        (ふゆごもり)

2014年12月16日火曜日

イヌマキの実、クチナシの実


近くの小料理屋の前に、「鹿肉料理あります」と張り紙がしてあった。
捕れた時だけのメニューらしい。
そこの亭主の話では、
連絡が入るとすぐに駈けつけ、解体作業を見守り、息絶えて間もない肉を一頭分譲り受けて来るのだそうだ。
おのずと有難い気持ちになり、無駄が出ぬように切り分ける。
肉がまだ暖かいうちに処理してしまわないと痛みが早いらしい。
血の色をしたルイベを、たたきにして出された。
何も生で食べなくてもと一瞬思ったが、特に匂いも味もわからず
鹿を食べているという気持ちで一杯になった。
しかし、
昨今の鹿や猪の農作物への被害、猪に至っては街へおりてきて
人を襲ったりしている。自然淘汰がなされず殖え過ぎた獣達は、捕獲して食用にするべきだと思う。ヨーロッパにジビエ料理という言葉があるように、野生の獣を一定の規制のもとに捕獲して食べるのは自然のバランスにも必要ではないだろうか。
鹿肉のように赤身が多く低カロリーの肉は尊重されるに違いない。

  写真は上:イヌマキの実
   下: クチナシの実、 霜で落ちた庭のミニトマト



 鹿肉の命の赤よ昼の酒         茜

 朝霜や打ち負かされし末枯れトマト    々


2014年12月11日木曜日

クリスマスリース   2

ツルウメモドキ
庭のクロガネモチの赤い実
風知草の黄色の葉
からすうり
ヒマラヤ杉

先月21日のブログに作ったばかりのリースを載せましたが、
少し加えて、ようやく華やかになりました。
我が家から少し歩いて、里山へ、林へ森へと入ると
黄赤緑の葉、色々な実があふれています。
山に挨拶をして、樹に巻き付いているツルウメモドキの実を少し頂いてきました。
採集してはいても、
常に迷惑のかからないような場所と種類にとどめています。
明日は鳥達に食べられてしまうようなカラスウリも
我が家のリースになって喜んでいるでしょう(!?)




 里山のどこからが森鴉瓜         あかね

2014年12月8日月曜日

霜の花

朝日の射す寸前、霜は輝きを増す。
わずかな光に霜は精いっぱいの花を咲かせる。
空気中の水蒸気を凍らせて、葉に白く付いている霜。
しかし、葉の生命力は、内側の葉脈や筋には霜を付かせない。
葉の形を縁取り霜は白いレースの飾りのようだ。
踏むと、大きな葉はバサと、小さな葉はサクと音を立てた。
日が射すと、何事もなかったように
青々とした色を取り戻した。



日の射して思わぬ誤算霜の花        茜



 

2014年12月4日木曜日

皇居の紅葉

皇居の乾通りの一般公開初日3日、思い立って行ってきました。
昼過ぎに着き、列の流れに乗って歩くと、皆急かされるように案外早い足並みです。
坂下門から入り平川門を出るまで約1時間歩きました。
黄色から深紅まで色とりどりの紅葉が、風格のある松の緑に囲まれて、美しい彩をなしていました。
最後に寄った二の丸雑木林も、天皇皇后様お二人もここをお散歩されたのかしらと思いながら落ち葉を踏んで歩いてきました。
写真は蓮池濠です。



 早起きし皇居の紅葉見に行かむ        茜


2014年11月28日金曜日

銀梅花の実(ぎんばいか)

銀梅花の実が、咲いた花の数だけついていた。
ご近所の垣根が銀梅花に替わって、初めて咲き実をつけたのだった。
ちょうどブルーベリーを思わせるような色で1センチ程の実だ。
食べられるそうだが、さてどんな味がするものだろう。
持ち主に聞いてみたいと思う。
5月ごろ咲いた花も爽やかでほのかに良い香りがしていた。

         銀梅花 (季節の花 300より)



咲く頃を思わず拾う木の実かな        茜



2014年11月21日金曜日

ヒマラヤ杉


ヒマラヤ杉は高さ40~50メートルの大木になるという。
あるお宅の垣根を剪定している処を通りかかった。
上から枝が落ちてくる。
蒼みがかった葉は、針のように尖っている。
ほのかに良い香りがして、思わず登っている方に声をかけた。
「これは何という木ですか」
「ヒマラヤ杉だよ」
初めてみる木は、高さ3メートル位に抑えているので
そんなたいそうな大木になる樹には見えなかった。
そして常緑樹だという。
落ちた枝を頂いて帰り、リースとツリーを作ってみた。
中の実を鳥が食べて殻状態のカラス瓜を少しつけて
少し早いクリスマスリースになった。



冬日射す蒼いヒマラヤ杉の葉に        茜



 

2014年11月15日土曜日

落穂

あれほど騒いでいた鴉の声がしなくなったと思ったら
田に落穂をつつきに降りていた。
稲刈りもとうに終わって、しらじらとした冬田に
黒い鴉は模様をつけるかのように居た。
寄りあったり、離れたり、しながら。
今日の終いの晩さんに、落穂を喰うとは
なかなかセンスはよろしい鴉達だ。



 極上の落穂や去らぬ夕鴉           茜

 夕暮れの風に追われる寒鴉

2014年11月9日日曜日

銀杏飯

銀杏とさつまいものご飯、
蕪の葉のおひたし、
蕪ときゅうり、新生姜の浅漬け、
銀杏の翡翠色がよく撮れてないので少し残念。
右の小鉢は、祖母の家からもらってきたもので、
煮豆を盛るのに使っていたようだ。
この小鉢を出すと祖母一人で住んでいた農家の大きな家を思い出す。
上がり框が高く、幼い時はよじ登って上がっていた。
ピカピカの縁側の板、暗い家の中、何が入っているかわからない
大きな箱、囲炉裏の煙、百年以上経っているあの家に、今は従兄が
住んでいる。



 曾祖父の遺影欄間に文化の日      茜

(昨日はこのサイトの都合で見れなくなりました。ご心配をおかけしました)

2014年11月3日月曜日

秋の薔薇

久しぶりにお花を活けてみた。
大ぶりの食器に、たっぷり水を吸わせたスポンジをセットして

 林檎 3個
 薔薇 3種
 菊
 カーネーション
 ヒペリカム(赤い実)
 千日草
 ねこじゃらし
 アカザの実
 タマシダ
 ローズマリー

店で買った花と野の草を混ぜ四方から活けると、こんもりとした球形になった。
林檎(秋映え)の色に合わせて満足の色合わせとなった。



 子の家を見に行く朝秋の薔薇         茜




 
 

2014年10月30日木曜日

イヌタデ(赤まんま)

イヌタデはタデ科の一年草。
茎先に1~5センチの穂状の花を出し、紅色の小花をたくさんつける。
花弁は無く、花弁に見えるのは萼である。
イヌタデの名には「食べられない蓼」という意味合いがあり、
料理に使うのはヤナギタデで、別名をホンタデ、マタデなどというそうだ。
稲刈りの終わった土手や畔に群れて咲いている。



 赤まんま暮色明るき村に住む        茜




2014年10月25日土曜日

痰切り豆(タンキリマメ)

痰切り豆は、草地や林縁など日当たりのよいところに生える。
中の黒い豆を煎じて飲むと効能があるとされている。
これは、まだ弾けておらず黒い豆は出ていなかった。
弾けると、豆は莢の端にぶら下がり、鳥に食べられるのを待っているそうだ。
(近所にて)


東京根津美術館での吟行句
   
 秋光や鳥獣戯画の猿駈ける      茜

 鵙猛る牙の欠けたる石の象      々
 
 銅鏡の秋草模様しぐれけり       々   
  
 

2014年10月19日日曜日

秋蒔き


上; 丸いプランターには、チューリップの球根を植えている。
   表面に、忘れ名草の芽がでている。  
下; 忘れ名草、ペンステモンの新芽

 春に咲く花の多くは、秋蒔きにしてこそ良く咲くのである。
春、咲き終わった種をとっておき、
先日蒔いた「忘れ名草」「ペンステモン」がいっせいに芽を出した。
これから双葉が出て、それを間引いたり植えかえたりして大きくする。寒い冬を外で過ごし強くなっていくのだ。
赤いチューリップの間を、忘れ名草の水色が埋めるのを想像して
みてください。素敵でしょう。



 小ぬか雨秋の球根位置につく         あかね

2014年10月12日日曜日

檀(まゆみ)の実

 
 

檀の実は淡紅色からだんだんはっきりとした紅色になってきた。
自然の色はこんなにも美しいと改めて感じる。
この後、四方に割れて赤い種が出るのだ。

近所に除草剤を撒いている話があった。
草の害は、刈り取れば済む話だが、
化学薬品の害は、深く浸透していつしか我が身にも及んでくるのだ。
山からは猿が降りてくる季節になった。
どの家も柿が生り放題で、採る人手が足りないのか、もう口にあわない果物になったのか、それが目当てのようだ。
でも猿を追い払う話はあっても、駆除しようという話はない。




 山猿の来るよ弾けぬ檀の実         茜


2014年10月7日火曜日

溝蕎麦

溝蕎麦は、草はらの隅に目立つこともなく咲いている。
田んぼや用水路のそばで見かける花だ。
1センチ程の花は金平糖のようで可愛らしいが、茎には細かい棘がある。
葉が蕎麦に似ていることから、この名があるという。
これによく似て見間違う花に「ママコノシリヌグイ」がある。
棘が下向きについて尖っているので触れると痛い。
これでママコの尻をぬぐうとは何という酷い名前だろう。
似た花でもこうも名前が違うと哀れに見えてくる。



 野分立つ辞書めくる手のしめりかな     茜

愁思ふと草の名少しうそくさし         茜
 

2014年10月1日水曜日

岩魚



 10月から禁魚期に入るので、今年最後の渓流釣りだった。
車で少し山へ入ると、すぐに渓流の谷へ近づく。
通い慣れた細い山道を歩き、夫は一人で沢へ下りていく。
辺りは谷から聞こえる瀬の音が響くだけ、静かな山の中である。
私は、昼過ぎの少し斜めに射してくる太陽光を背に、
草や木の実の写真を撮っている。
釣り人が通りかかり、「釣れましたか」と聞く。
「いいえ、全然です」と答える。
釣れていてもそう答えるように夫からいわれているからだ。
今日も二人分の夕飯のおかずは捕れたようだ。



 

 
  沢釣りに薄の光り及ばざり          茜



2014年9月25日木曜日

稲の葉

 稲の黄金色には毎年見るたびに驚く。
一面の黄色が、稔った稲の重さを伝えている。
稲刈りの終えた田んぼに稲の束が投げ出されていた。
稲架(はざ)を組むまで、横たえて休ませているようだ。
半分は明日の仕事に回したのだろう。
稲の黄色に視線がいき、その下の葉にはあまり気をとめないが
その葉のいきいきとした青さにも驚くのだ。
太陽に干されて少しづつあの藁の色になっていくのだろう。



 稲の葉のまだ青あおと干されけり       茜

 
 掛けるまで横たえる稲まだ青し        茜





2014年9月19日金曜日

ホップのリース 


上:ホップのリース
下:ヒヨドリジョウゴのリース (いずれも我が庭で育てたもの)

東田直樹著 「自閉症の僕が跳びはねる理由」 という本をご紹介します。
彼は、重度の自閉症で人との会話ができない状態ですが、お母さんや先生の指導のもと懸命の努力で文字盤を使えるようになり、今はパソコンで気持ちを表現できるようになりました。
挫折の中でパソコンが使えるようになったのは、「人として生きていくためには自分の意思を人に伝える事がなにより大事とおもったから」と書いています。
この本では自閉症に対するあらゆる疑問に彼自身が答えています。
示唆に富み、やさしい彼の言葉は哲学的で、人は何の為に生きるのかを深く考えさせられます。
私達は見た目で判断している事のなんと多い事か、偏見や差別をしたくなくても、実際しているではないか。NHKのドキュメンタリーで彼を観た時は雷に打たれたような衝撃と感動でした。パソコンに打ち込んでいく彼の言葉に驚きました。
この本は13歳の時に書かれたもので、22歳の現在まで十数冊の著書があり、この本は世界20か国語に翻訳され、その世界を救ったと言われています。




2014年9月15日月曜日

蓮の実飛ぶ


 蓮の実は甘いと聞いているが、まだ生を食べたことはない。
池の蓮から直接採って、おやつにしたという話をどこかで聞いた。
きっとまだ青い実の時だろう。
この茶色に枯れた蓮の実が柔らかいとは思えない。
今年は花が咲くのが遅いと思っていたら、ザリガニが根を食べたらしいと傍に住んでいるおじいさんが教えてくれた。
しかし、いつ来ても静かでほとんど人と会うことがない。
バス通りに面しているのに、もったいない話だ。
おおかたの人の視線は街に向かっているようだ。



 蓮の実飛ぶひとりしあれば音のする       茜