2018年5月20日日曜日
2018年4月14日土曜日
くさ餅 (よもぎ餅 蓬)
蓬 (よもぎ)
散歩の時、土手に蓬の群生を見つけた。
少しいただいて、くさ餅にすることに。
蓬をソーダを加えたお湯で茹でる。
買い置きの四角い餅をふかし、
蓬と餅を搗き混ぜた。
手でまるめ小さな「くさ餅」の出来上がり。
お皿の真ん中に切った餅を置いたので
緑の濃さがわかるでしょう。
砂糖を少し加えたので、柔らかい「くさ餅」を
そのままお昼にしました。
春って草を食べたくなるのです、
つわぶきの新芽、山椒の葉、たけのこ、
自分が動物であることを実感しますねー。

くさ餅(よもぎ餅)
散歩の時、土手に蓬の群生を見つけた。
少しいただいて、くさ餅にすることに。
蓬をソーダを加えたお湯で茹でる。
買い置きの四角い餅をふかし、
蓬と餅を搗き混ぜた。
手でまるめ小さな「くさ餅」の出来上がり。
お皿の真ん中に切った餅を置いたので
緑の濃さがわかるでしょう。
砂糖を少し加えたので、柔らかい「くさ餅」を
そのままお昼にしました。
春って草を食べたくなるのです、
つわぶきの新芽、山椒の葉、たけのこ、
自分が動物であることを実感しますねー。
2018年3月29日木曜日
桜 と トウダイグサ
桜 と 一面のトウダイグサの黄色
トウダイグサ
畑にかかっている桜は (ソメイヨシノ)。
黄色く見えるのは( トウダイグサ)である。
作物を植えていない畑を覆いつくしているのだ。
しだれ桜
桃の花が遠くにみえた。
いぬふぐり風は切株越えてくる 美代2018年3月17日土曜日
2018年3月14日水曜日
2018年3月3日土曜日
クヌギ林の の 四季

毎日の散歩道である。
くぬぎ林であるが、秋、根本に枯れ枝を束ねているのが
不思議だった。
枝が飛び散らない事と
虫達をそこへ集めているらしいと分かった。
棲み処があると、他に悪さはしないらしい。
今はもう春。
蔭が濃くなるのもすぐだ。
春風や慣れたる道も旅のごと 美代子
2018年2月26日月曜日
2018年2月16日金曜日
2018年1月25日木曜日
2018年1月19日金曜日
2018年1月16日火曜日
2018年1月1日月曜日
2017年12月27日水曜日
2017年12月3日日曜日
ヒヨドリジョウゴ の実
藪から出ていた 「ヒヨドリジョウゴの実」
まるで宝石のように輝いている。
毎年この辺りと、見当をつけて見にいくと やはり居てくれた。
輝きを増しているようだ。
その根元は深くてどこかわからない。
粒が房になって下がったり、一粒だけ離れていたりと色々な姿をみせてくれる。
寒さに歩く途中、ぽっと暖かくなる瞬間である。
2017年11月25日土曜日
2017年8月31日木曜日
2017年7月8日土曜日
2017年6月26日月曜日
2017年6月9日金曜日
2017年5月27日土曜日
2016年12月4日日曜日
2016年11月30日水曜日
巨船飛鳥 と タグボート
2016年11月1日火曜日
短歌 アメリカ
秋雨が音もなく降っている。
こんな日は古い物の整理をすることにする。
もう35年も前、アメリカに滞在していた。
その頃の思い出の写真を紐解いてみた。
左に描いてある「我が日本」、アメリカと比べてなんと小さな国よ。
私達は西海岸のサンノゼに住んでいた。
そこを拠点にあちこち旅行した都市を描いてみた。
北はカナダまで大型キャンピングカーで2日かけて行った。
南はメキシコの国境を越えた。
何度も中華街へ通ったサンフランシスコ、
ディズニーランドへ行ったロサンゼルス、
従弟へ会いに行ったサンディエゴ、
東海岸のニューヨークまで5時間の時差があり
初めてのティファニー本店にどきどきした。
ラスベガスにはお客さんを案内して。
随分若い写真で、子供達も40歳を超えた。
我々も年をとりました。
そのころの短歌
灼熱の断崖にたつ陽炎に共に揺らぎつグランドキャニオン
果てしなく続く砂漠に忽然と台地裂けたり地の果てのごと
山の端に白き雲湧きたちまちにシスコの街を霧は覆いぬ
日本の色に柿の実たわわなる角に住む人訪ねてみたし
麦秋の稜線続くオレゴンを日暮るるまでに越え行かんとす
2016年9月26日月曜日
2016年9月14日水曜日
2016年9月4日日曜日
2016年8月27日土曜日
梶(かじ)の葉
散歩の途中で、道にせり出してくる葉に、桑の葉とそれとよく似た葉があり、
梶の葉ではないかと思っていたがよく分からなかった。
最近ようやくその違いがはっきりした。
裏千家茶道の夏のお点前に「葉蓋の扱い」というのがある。
お茶をたてる椀を清め、その水を捨てる水指の蓋のかわりに
木の葉を蓋にするお点前である。
涼しさを演出するのに、こんなはからいをするのが茶道なのだ。
その葉によく使われるのが「梶の葉」だそうだ。
紙すきの原料にもなる梶は、よく見ると細い枝にたくさんの葉をつけているが
その一枚一枚が枝により形が違って面白い。
テレビの茶道を観て、その葉が私の手元にある葉と同じなので驚いたのだ。
梶の葉ではないかと思っていたがよく分からなかった。
最近ようやくその違いがはっきりした。
裏千家茶道の夏のお点前に「葉蓋の扱い」というのがある。
お茶をたてる椀を清め、その水を捨てる水指の蓋のかわりに
木の葉を蓋にするお点前である。
涼しさを演出するのに、こんなはからいをするのが茶道なのだ。
その葉によく使われるのが「梶の葉」だそうだ。
紙すきの原料にもなる梶は、よく見ると細い枝にたくさんの葉をつけているが
その一枚一枚が枝により形が違って面白い。
テレビの茶道を観て、その葉が私の手元にある葉と同じなので驚いたのだ。
2016年8月18日木曜日
2016年8月3日水曜日
玉虫
(玉虫)
(玉虫の腹側)林の中を散歩していると、虫の死骸を見かける。
蝉、かぶとむし、とんぼ、玉虫など、今までどこに生息していたのか、
どの木に居たのか、まだ仲間がそこらにいるのだろうかと辺りを見回す。
彼らが死んだからこそ、わが手に載せているのだ。
まじかに見ることはほとんど無いこの昆虫達の翅の色、脚のつき具合、硬い眼を、
しげしげと観察する。
彼らが生きている時は何となく怖い、蝉の脚にしがみつかれた時の驚きは子供時代の恐怖だ。
私達の持たない脚や形、行動が怖いのだろうか。
だいぶ大人になり鈍感になった今平気で手に載せている。
玉虫の不自然にも見えるこの色、
私には金属のようにも見えるのだ。
金属を溶接した時、まわりに虹色の変色が見られる。
そんな色に似ていると思う。
玉虫の金属武装する途中 美代
玉虫の己が死知らぬ色あわれ 〃
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