2015年7月15日水曜日

ジャカランタの花

 
 
近頃カメラを持ち歩かないので、古い写真から選んでみた。

数年前、ポルトガルに旅行した際「ジャカランタの並木」に出会った。
高く古い樹が街にしっくりと馴染んでいた。
空の色のような青い花は房状に下がっている。
街のいたる処で咲いていて、
熱帯地方に多く、高木、低木と種類は多いらしい。
旅行先でも、初めてみる花が目に飛び込んでくると、
早く名前を知りたいと思う事がある。



ジャカランタ咲いて日陰のカフェテラス       あかね



2015年7月4日土曜日

花筏(はないかだ)

花筏は、四月ごろ葉の真ん中に小さな薄緑の花を付け
今頃濃い緑の実になる。
葉の真ん中に実を付けるのが珍しく、
人がイカダを漕いでいるように見立てたことから
この名が付いているという。
梅雨晴間のある日久しぶりに山の中の沢に、
山女か岩魚の魚影を見に入った折り、
夫が下の沢からこの葉を見つけて持ってきた。
魚は見えなかったが、車の近くで待っていた私に
この葉をお土産にしたのだ。



雷に耳を澄ませば遠ざかる       あかね



 

2015年6月28日日曜日

袋掛け

去年植えた巨峰が実をつけた。
夫はさっそく小指の先ほどになった実の房に袋を掛けた。
最初はぎっしりと粟粒のような実が付いたが、
しばらくするとおのずと摘果したように、実は少なくなり
ちょうと良い間隔になっている。
袋は、うちわが入っていた和紙の封筒だ。
堅いこの和紙は風を通さない為、下の角を切ってみた。
果たして大きな巨峰となるのでしょうか。
お楽しみー。



 初生りのたった一つの袋掛け      あかね


短歌
 南天の花ほろほろと髪に付き
     吾が身立たせる青葉風吹く

2015年6月26日金曜日

ごぼう茶

(後はレモンの摘果したもの)
ごぼう茶が身体に良いと聞けば試さずにはおれない。
ごぼうを削ぎ切りにして軽く干し、(真ん中が干したごぼう)
ステンレス鍋でしばらく煮ると、左のお茶になった。
そのまま放置しておくと、右の緑色へ変色した。
この鮮やかな緑色は何だ!
どういう科学変化だろう。
飲んでも害はないのだろうか。
何方が教えてください!!

注;
これはごぼうに含まれるクロロゲン酸(ポリフェノールの一種)が
アルカリ化しておこる現象で害ではないそうです。
フライパンで煎ったものを煮だすことが重要らしいです。
よかったー。


 ごぼう茶の色の鮮やか梅雨晴れ間        あかね



2015年6月15日月曜日

誕生日

子供達も巣立ち、誕生日を祝うことも無くなっていた。
しかし、今日は
孫達の成長の速さに驚く誕生日となった。
13歳と11歳になる子供達の成長ぶりがうれしい。
久しぶりに集まると、賑やかなおしゃべりが尽きない。
恒例のトランプゲームに加えて、ワードバスケットという
ゲームが子供達のお気に入りだ。
ジジ、ババには苦しい言語能力が試される。
子供も大人も混じり8人が競って名詞を投げ合い容赦ない。
いつも取り残されるのはジジとババである。
いつまでも続くといいなあ。




 夕焼けの綺羅を遅参の言い訳に        茜


2015年6月1日月曜日

ジューンベリー

六月になると、名前のとおり我が家の実も食べごろになった。
際立って赤い実を食べてみると、「甘い!」
一度に熟れる実が少ないので、ジャムにするには採りためて
置く方がいいようだ。
薔薇も散りそれと一緒に咲いていた小花もそろそろ終わりだ。
すると、出番を控えている次の花が蕾をたくさん付けている。
アカバンサスの青い、彼岸花にも似た形のスッとした花が、
今年は大量に咲くみたいなので楽しみにしよう。



 遠出して潮風当てる素足かな



2015年5月24日日曜日

つくしいばら 2


この花に惚れ込んだ理由は、
香りと、改良されていない素朴な一重咲きの花だ。
一つ二つ花が咲き始める最初はおだやかに、
満開になるとその花穂(かすい)が3,40センチにもなる豪快さ、
蕾の濃いピンクから白に変化していく様、
黄色の豊かなおしべが、蜂の来訪を受けてかき回され
黒く変わっていく様子がいい。
よほど蜂の好のみの香らしく、わんわんとその羽音が凄い。
かくして、朝夕の観察はきりもない。



 新開地の風をかわして花いばら        あかね


2015年5月20日水曜日

つくしいばら

 
10センチの枝を挿し木して二年目、ようやく咲いてくれた。
友人の家で一目惚れして枝を頂き、試行錯誤しながら
育ててきた。
野生的な太く強い枝を持ち、ここら辺りの強風にも負けず
しなりながら揺れながら甘い香りを漂わせている。
じっと待って咲いてくれた薔薇、嬉しい、我が家へようこそ。

手前の丸い青い花・・・コンボルブルス
その次・・・・・・・アルペンブルー
一番向こう・・・・シノグロッサム



生きている事が幸せ嫁菜摘む        茜





2015年5月14日木曜日

水木(みずき)

丘陵地帯のあちこちに水木の白い花が盛りだ。
落葉高木、高さ10メートルを超える木もある。
五月ごろ白い小花を密生、果実は紫黒色に熟する。
春先、枝を折ると樹液が滴るのでこの名があるという。

街路樹によく見られる「はなみずき」は別物である。

五月、緑が濃くなっていくこの季節は、動植物が
うごめいているようにも思える。
庭にもトカゲの子が走るようになった。
夏が来たのである。



 水木咲き山の端からうねりだす      あかね


2015年5月9日土曜日

白躑躅(しろつつじ)

連休も終わりの日、近くの公園まで歩いて行ってみた。
しばらく行かないうちに、雑木林が色とりどりの躑躅でいっぱいになっている。
白い躑躅も、赤もピンクもそれぞれの名前とその説明には、
どれにも「寒さに強い」と書かれている。
刈らずに自然に育てると案外大木になるのかもしれない。

私達と同じく初老の二人づれがゆっくりと歩いている。
午後4時過ぎると、子供達の姿はなく、
ときおり鳥の鳴き声が閉園ですよとばかりに聞こえてくる。
白い躑躅の丘陵が幻想的だった。


 静かなる休息日なり白躑躅       あかね


2015年4月29日水曜日

物種蒔く

我が庭に草花の咲くこの季節が好きだ。
宿根草のみだが一気に彩られる。
黄色のエビネ、紫の西洋十二単(アジュガ)などである。
黄エビネは、十数年前に叔父から一株貰い受けたもので
一年に一本花が増えるというから、今は約十本の花茎がある。
この小さな庭の片隅にトマト等野菜を少し植えるのも楽しみだ。
この庭に陽が満ちて来る五月の連休を目安に、
いつも植えたり蒔いたりしている。



吾のみの日時計のあり胡瓜蒔く       茜


2015年4月20日月曜日

畦塗り

田植えにはまだ早い4月だが、(この辺では6月田植え)
水が洩れないように畦がきれいに塗られていた。
まるでセメントで固めたような正確さだ。
それ用の機械があるのかもしれない。
その昔は、人の手で泥土を百叩きして塗り固めたというから
これも大変な田仕事の中の一つだ。
柔らかくほぐされた土に水が満たされるのももうすぐだろう。



 畦塗の角の固さを言い合えり       茜




2015年4月2日木曜日

ひいらぎ南天の花

「ひいらぎの花」は、十一月ごろ小さな白い花を咲かせる。
が、これは「ひいらぎ南天の花」だ。
この後、紫黒色の実を付ける。
どこからとなく良い香がして、顔を近づけてこの花がその香の元だと
ようやく気がついた。
どこかで嗅いだ匂いに似ていると考えても思い出せない。
くちなし? ジャスミン? 甘い香りは共通するが、
これは、「ひいらぎ南天」の匂いなのだ。
生け花の材料として知ってはいたが、その花を初めて知った。



 啓蟄の夕風なでる眉あたり       あかね

2015年3月27日金曜日

空師(そらし)

枝垂れ桜が咲くのを待ってこの寺を訪れる。
ピンクが濃くなっているような気がした。


「空師(そらし)」     ラジオ深夜便より
空師とは、高い樹のてっぺんまで登って樹を切る人をこう呼ぶそうだ。
住宅街の高い樹、ビルの間の樹、墓地の真ん中にある樹等
狭い敷地内にある木の伐採を専門にしている。
切り倒すと他を傷つけそうな樹を、てっぺんまで登り、少しづつ
切っていくのだそうだ。
樹に回した綱を腰に留め、それが唯一の命綱だ。
一人で50~60メートルの高さの樹にも登り、
上から柱や板材になる長さで切っていき、
回りの物を傷つけないように、
背中に背負った電動ノコで怪我しないように、
細心の注意をはらいながらの作業だ。
材木市場に出し高値がつく事が腕の見せ所のようだ。
世の中には知らない仕事があるものですね。


2015年3月23日月曜日

落椿

お寺の境内の端に大きな椿の樹がある。
毎日花を落としているが、掃かれたり、ころげたりして
その下の斜面に溜まっている。
昨日まで樹に凛と咲いていた椿の花も、こうなれば塵だ。
今離れてきた樹を見上げている。
もはや土の色となり、昨日まで美しかった自分を愛おしんでいるのだろうか。



 恥じらいといううつ伏せや落椿          茜


2015年3月15日日曜日

春

テレビのコマーシャルで、このコードレス掃除機を知り、さっそく注文した。
届いた掃除機は思っていたより重く、軽々と動かしていた映像は本当だったの?と言いたくなった。
問い合わせると、一度使用したら返品できないという。
チラシを良く読み返すと、私の買ったのは大工さんも使う本格派らしい。
充電機が通常の物より300g重いだけだが、気になって重さが増してくる。
そこで、考えた。
「肩に掛ければ、手には重さはかからないのでは!」
手持ちのベルトを付けて肩に掛けると、予想通り手は添えるだけなのだ。
グッドアイデア!と自画自賛。
毎日楽しく掃除機をかけられるというものだ。

追伸
  マキタKKさんよりお返事をいただきました。
  0.2Kg重いそうです。人によって重さの感じ方が違うようですね。
  まずは一件落着でございます。


 窓全開春を讃えて風入れむ        あかね

2015年2月26日木曜日

辛夷(こぶし)


 空を見上げると、高い梢に辛夷の蕾が膨らんでいた。
細かく枝分かれしたその先の、どれにも蕾が付いている。
この枝の張り具合いの面白さに、しばらく見とれていた。
まず二股に分かれ、その先がそれぞれ二股に分かれているのだ。
ねずみ算式に分かれて、どこまで分かれ続ける気なのか。

冬の間に蓄えてきた力が、今弾けようとしている。
草木は、何事もなかったように春が来ると自然に花をつける。
自然の力に励まされるような散歩だった。



 二月の濁りなき空枝伸ばす       茜



2015年2月2日月曜日

氷(逆つらら)


 自然のいたずらは、小さな水盤にも仕掛けている。
今朝の寒さに、幾日も融けずに張っていた氷が
一杯のさかずきのような形に持ちあがっている。
何という現象なのだろう。
高さ5センチ位の逆三角錐だ。
日陰になっているので、昼過ぎても融ける様子はない。



 帆を立てて氷の上の氷かな        あかね


インターネットで調べると、これは“逆つらら”という現象らしい。
氷が張ることで体積が増し、それによって水の底に向かって
下向きに水圧がかかる。
行き場を失った水は上に向かうしかなく水草などがあって流れが少し変わっているところでは
隙間ができて、そこから水が持ち上がり下から上にむけて少しずつ凍っていく、このようにして“逆つらら”が作られると考えられるそうだ。この“逆つらら”は北海道のように寒さが厳しすぎるところでは、水が全部凍ってしまってあまり見られない、もちろん氷が張らないような
暖かいところでも見られない、つまり適度に冷え込む東海地方でこそ
現れやすい現象といえる。(名古屋アナウンサー日記より)


2015年1月14日水曜日

初場所

子供の頃、相撲の弓取り式を美しいと思って観ていた。
長い弓をしなやかに回し、肩に担ぐと一本脚になり
「よいしょ」の掛け声と共に、しこを踏むのだ。
今は、俄か相撲ファンになり、若い力士の名を覚えて応援している。
しかし、
好きではない技もある。
・ 張り手という、顔を叩くあの技だ。
・ 賞金を貰う時の姿勢も気になる。横綱が受け取ったあと
 一瞬の決めポーズが厭だったが、今年は直っているだろうか。
こんな事を気にして観るのも一つの楽しみである。
(写真は友人からの金柑漬け、孫からのミサンガ)



初場所や沸かせた後の弓取り式         茜


2015年1月7日水曜日

七日


七草を買うのを忘れて、家にあるものを使いエスニック調になった。
夫と二人の七草粥はいい加減なものである。
くちなしの実で色をつけて、
庭で栽培のパクチーをあしらいに。
下の昆布巻きは、年末に二日かけて炊いたものだ。
とろとろと柔らかく煮た昆布は吾ながら絶賛ものである。
直径3センチになろうかという大きな昆布巻きに、家族も驚きながら喜んでくれた。
まずはめでたく今年も始まろうとしています。



 屠蘇祝う注ぐも受けるもぎこちなく      茜
 昆布炊いてストーブ昼夜遊ばせず        々

2015年1月1日木曜日

未



明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

 未は、自作の土鈴で中は空洞です。
電気炉で焼いて作ったものです。




 
 拝むごと手を擦り合わす霜の朝       茜


2014年12月25日木曜日

シュトーレン(お菓子)

クリスマスが近づくと、友人から手作りの「シュトーレン」が送ってくる。
戴くようになってからもう何年になるだろう。
青春の一時期を同じ寮で過ごし、それから47年、ずっと変わらない友情が続いている。
家政科だったので、洋裁、和裁、調理実習等全部の教科が同時に進み、したがってスーツを作りながら、袷の着物を縫い、きゅうりや大根を薄く切るテストも受けなければならなかった。
寮の躾は厳しく、起床6:00、消灯10:00。それでは提出日に間に合わず、消灯後廊下や自習室で着物を広げて縫う日もあった。廊下は毎朝皆でぴかぴかに磨きあげていたので、着物やワンピースの布を広げても心配なかったのだ。
そんな時を助け合いながら過ごした友人達は、いとおしい程なつかしいのである。



 去年今年会いたいという友の声         茜


2014年12月20日土曜日

梔子飯


梔子(くちなし)の実を、ある句会へ持参した。
すると、梔子の実を初めて見るという方が案外居たのには驚いた。
あの白く清純な感じの花、強烈で甘い香りのする梔子の花は誰でも知っているだろう。
くちなしの語源である実の口が開かないという実際の実を見たことがないというのだ。
そう言えば、逆に
どんぐりの実を拾ってもその花を知っている人は少ないだろう。
人は興味のある物に心を寄せて、その前後の事まで気を回さないのかもしれない。

この時期恒例の「くちなし飯」を炊いた。
3合の米に1個のくちなしの実にしたので、少し黄色が薄かったようだ。。
お湯に実をふやかし、黄色の水を作り、それを米水に加えて炊くだけである。
無味無臭、しかしなんだか美味しいと思うのである。



 もう次の駅見えている冬茜         茜

 
 米だけはたっぷりと炊き冬篭         々
        (ふゆごもり)

2014年12月16日火曜日

イヌマキの実、クチナシの実


近くの小料理屋の前に、「鹿肉料理あります」と張り紙がしてあった。
捕れた時だけのメニューらしい。
そこの亭主の話では、
連絡が入るとすぐに駈けつけ、解体作業を見守り、息絶えて間もない肉を一頭分譲り受けて来るのだそうだ。
おのずと有難い気持ちになり、無駄が出ぬように切り分ける。
肉がまだ暖かいうちに処理してしまわないと痛みが早いらしい。
血の色をしたルイベを、たたきにして出された。
何も生で食べなくてもと一瞬思ったが、特に匂いも味もわからず
鹿を食べているという気持ちで一杯になった。
しかし、
昨今の鹿や猪の農作物への被害、猪に至っては街へおりてきて
人を襲ったりしている。自然淘汰がなされず殖え過ぎた獣達は、捕獲して食用にするべきだと思う。ヨーロッパにジビエ料理という言葉があるように、野生の獣を一定の規制のもとに捕獲して食べるのは自然のバランスにも必要ではないだろうか。
鹿肉のように赤身が多く低カロリーの肉は尊重されるに違いない。

  写真は上:イヌマキの実
   下: クチナシの実、 霜で落ちた庭のミニトマト



 鹿肉の命の赤よ昼の酒         茜

 朝霜や打ち負かされし末枯れトマト    々


2014年12月11日木曜日

クリスマスリース   2

ツルウメモドキ
庭のクロガネモチの赤い実
風知草の黄色の葉
からすうり
ヒマラヤ杉

先月21日のブログに作ったばかりのリースを載せましたが、
少し加えて、ようやく華やかになりました。
我が家から少し歩いて、里山へ、林へ森へと入ると
黄赤緑の葉、色々な実があふれています。
山に挨拶をして、樹に巻き付いているツルウメモドキの実を少し頂いてきました。
採集してはいても、
常に迷惑のかからないような場所と種類にとどめています。
明日は鳥達に食べられてしまうようなカラスウリも
我が家のリースになって喜んでいるでしょう(!?)




 里山のどこからが森鴉瓜         あかね

2014年12月8日月曜日

霜の花

朝日の射す寸前、霜は輝きを増す。
わずかな光に霜は精いっぱいの花を咲かせる。
空気中の水蒸気を凍らせて、葉に白く付いている霜。
しかし、葉の生命力は、内側の葉脈や筋には霜を付かせない。
葉の形を縁取り霜は白いレースの飾りのようだ。
踏むと、大きな葉はバサと、小さな葉はサクと音を立てた。
日が射すと、何事もなかったように
青々とした色を取り戻した。



日の射して思わぬ誤算霜の花        茜



 

2014年12月4日木曜日

皇居の紅葉

皇居の乾通りの一般公開初日3日、思い立って行ってきました。
昼過ぎに着き、列の流れに乗って歩くと、皆急かされるように案外早い足並みです。
坂下門から入り平川門を出るまで約1時間歩きました。
黄色から深紅まで色とりどりの紅葉が、風格のある松の緑に囲まれて、美しい彩をなしていました。
最後に寄った二の丸雑木林も、天皇皇后様お二人もここをお散歩されたのかしらと思いながら落ち葉を踏んで歩いてきました。
写真は蓮池濠です。



 早起きし皇居の紅葉見に行かむ        茜


2014年11月28日金曜日

銀梅花の実(ぎんばいか)

銀梅花の実が、咲いた花の数だけついていた。
ご近所の垣根が銀梅花に替わって、初めて咲き実をつけたのだった。
ちょうどブルーベリーを思わせるような色で1センチ程の実だ。
食べられるそうだが、さてどんな味がするものだろう。
持ち主に聞いてみたいと思う。
5月ごろ咲いた花も爽やかでほのかに良い香りがしていた。

         銀梅花 (季節の花 300より)



咲く頃を思わず拾う木の実かな        茜



2014年11月21日金曜日

ヒマラヤ杉


ヒマラヤ杉は高さ40~50メートルの大木になるという。
あるお宅の垣根を剪定している処を通りかかった。
上から枝が落ちてくる。
蒼みがかった葉は、針のように尖っている。
ほのかに良い香りがして、思わず登っている方に声をかけた。
「これは何という木ですか」
「ヒマラヤ杉だよ」
初めてみる木は、高さ3メートル位に抑えているので
そんなたいそうな大木になる樹には見えなかった。
そして常緑樹だという。
落ちた枝を頂いて帰り、リースとツリーを作ってみた。
中の実を鳥が食べて殻状態のカラス瓜を少しつけて
少し早いクリスマスリースになった。



冬日射す蒼いヒマラヤ杉の葉に        茜



 

2014年11月15日土曜日

落穂

あれほど騒いでいた鴉の声がしなくなったと思ったら
田に落穂をつつきに降りていた。
稲刈りもとうに終わって、しらじらとした冬田に
黒い鴉は模様をつけるかのように居た。
寄りあったり、離れたり、しながら。
今日の終いの晩さんに、落穂を喰うとは
なかなかセンスはよろしい鴉達だ。



 極上の落穂や去らぬ夕鴉           茜

 夕暮れの風に追われる寒鴉

2014年11月9日日曜日

銀杏飯

銀杏とさつまいものご飯、
蕪の葉のおひたし、
蕪ときゅうり、新生姜の浅漬け、
銀杏の翡翠色がよく撮れてないので少し残念。
右の小鉢は、祖母の家からもらってきたもので、
煮豆を盛るのに使っていたようだ。
この小鉢を出すと祖母一人で住んでいた農家の大きな家を思い出す。
上がり框が高く、幼い時はよじ登って上がっていた。
ピカピカの縁側の板、暗い家の中、何が入っているかわからない
大きな箱、囲炉裏の煙、百年以上経っているあの家に、今は従兄が
住んでいる。



 曾祖父の遺影欄間に文化の日      茜

(昨日はこのサイトの都合で見れなくなりました。ご心配をおかけしました)

2014年11月3日月曜日

秋の薔薇

久しぶりにお花を活けてみた。
大ぶりの食器に、たっぷり水を吸わせたスポンジをセットして

 林檎 3個
 薔薇 3種
 菊
 カーネーション
 ヒペリカム(赤い実)
 千日草
 ねこじゃらし
 アカザの実
 タマシダ
 ローズマリー

店で買った花と野の草を混ぜ四方から活けると、こんもりとした球形になった。
林檎(秋映え)の色に合わせて満足の色合わせとなった。



 子の家を見に行く朝秋の薔薇         茜




 
 

2014年10月30日木曜日

イヌタデ(赤まんま)

イヌタデはタデ科の一年草。
茎先に1~5センチの穂状の花を出し、紅色の小花をたくさんつける。
花弁は無く、花弁に見えるのは萼である。
イヌタデの名には「食べられない蓼」という意味合いがあり、
料理に使うのはヤナギタデで、別名をホンタデ、マタデなどというそうだ。
稲刈りの終わった土手や畔に群れて咲いている。



 赤まんま暮色明るき村に住む        茜




2014年10月25日土曜日

痰切り豆(タンキリマメ)

痰切り豆は、草地や林縁など日当たりのよいところに生える。
中の黒い豆を煎じて飲むと効能があるとされている。
これは、まだ弾けておらず黒い豆は出ていなかった。
弾けると、豆は莢の端にぶら下がり、鳥に食べられるのを待っているそうだ。
(近所にて)


東京根津美術館での吟行句
   
 秋光や鳥獣戯画の猿駈ける      茜

 鵙猛る牙の欠けたる石の象      々
 
 銅鏡の秋草模様しぐれけり       々   
  
 

2014年10月19日日曜日

秋蒔き


上; 丸いプランターには、チューリップの球根を植えている。
   表面に、忘れ名草の芽がでている。  
下; 忘れ名草、ペンステモンの新芽

 春に咲く花の多くは、秋蒔きにしてこそ良く咲くのである。
春、咲き終わった種をとっておき、
先日蒔いた「忘れ名草」「ペンステモン」がいっせいに芽を出した。
これから双葉が出て、それを間引いたり植えかえたりして大きくする。寒い冬を外で過ごし強くなっていくのだ。
赤いチューリップの間を、忘れ名草の水色が埋めるのを想像して
みてください。素敵でしょう。



 小ぬか雨秋の球根位置につく         あかね

2014年10月12日日曜日

檀(まゆみ)の実

 
 

檀の実は淡紅色からだんだんはっきりとした紅色になってきた。
自然の色はこんなにも美しいと改めて感じる。
この後、四方に割れて赤い種が出るのだ。

近所に除草剤を撒いている話があった。
草の害は、刈り取れば済む話だが、
化学薬品の害は、深く浸透していつしか我が身にも及んでくるのだ。
山からは猿が降りてくる季節になった。
どの家も柿が生り放題で、採る人手が足りないのか、もう口にあわない果物になったのか、それが目当てのようだ。
でも猿を追い払う話はあっても、駆除しようという話はない。




 山猿の来るよ弾けぬ檀の実         茜


2014年10月7日火曜日

溝蕎麦

溝蕎麦は、草はらの隅に目立つこともなく咲いている。
田んぼや用水路のそばで見かける花だ。
1センチ程の花は金平糖のようで可愛らしいが、茎には細かい棘がある。
葉が蕎麦に似ていることから、この名があるという。
これによく似て見間違う花に「ママコノシリヌグイ」がある。
棘が下向きについて尖っているので触れると痛い。
これでママコの尻をぬぐうとは何という酷い名前だろう。
似た花でもこうも名前が違うと哀れに見えてくる。



 野分立つ辞書めくる手のしめりかな     茜

愁思ふと草の名少しうそくさし         茜
 

2014年10月1日水曜日

岩魚



 10月から禁魚期に入るので、今年最後の渓流釣りだった。
車で少し山へ入ると、すぐに渓流の谷へ近づく。
通い慣れた細い山道を歩き、夫は一人で沢へ下りていく。
辺りは谷から聞こえる瀬の音が響くだけ、静かな山の中である。
私は、昼過ぎの少し斜めに射してくる太陽光を背に、
草や木の実の写真を撮っている。
釣り人が通りかかり、「釣れましたか」と聞く。
「いいえ、全然です」と答える。
釣れていてもそう答えるように夫からいわれているからだ。
今日も二人分の夕飯のおかずは捕れたようだ。



 

 
  沢釣りに薄の光り及ばざり          茜



2014年9月25日木曜日

稲の葉

 稲の黄金色には毎年見るたびに驚く。
一面の黄色が、稔った稲の重さを伝えている。
稲刈りの終えた田んぼに稲の束が投げ出されていた。
稲架(はざ)を組むまで、横たえて休ませているようだ。
半分は明日の仕事に回したのだろう。
稲の黄色に視線がいき、その下の葉にはあまり気をとめないが
その葉のいきいきとした青さにも驚くのだ。
太陽に干されて少しづつあの藁の色になっていくのだろう。



 稲の葉のまだ青あおと干されけり       茜

 
 掛けるまで横たえる稲まだ青し        茜





2014年9月19日金曜日

ホップのリース 


上:ホップのリース
下:ヒヨドリジョウゴのリース (いずれも我が庭で育てたもの)

東田直樹著 「自閉症の僕が跳びはねる理由」 という本をご紹介します。
彼は、重度の自閉症で人との会話ができない状態ですが、お母さんや先生の指導のもと懸命の努力で文字盤を使えるようになり、今はパソコンで気持ちを表現できるようになりました。
挫折の中でパソコンが使えるようになったのは、「人として生きていくためには自分の意思を人に伝える事がなにより大事とおもったから」と書いています。
この本では自閉症に対するあらゆる疑問に彼自身が答えています。
示唆に富み、やさしい彼の言葉は哲学的で、人は何の為に生きるのかを深く考えさせられます。
私達は見た目で判断している事のなんと多い事か、偏見や差別をしたくなくても、実際しているではないか。NHKのドキュメンタリーで彼を観た時は雷に打たれたような衝撃と感動でした。パソコンに打ち込んでいく彼の言葉に驚きました。
この本は13歳の時に書かれたもので、22歳の現在まで十数冊の著書があり、この本は世界20か国語に翻訳され、その世界を救ったと言われています。




2014年9月15日月曜日

蓮の実飛ぶ


 蓮の実は甘いと聞いているが、まだ生を食べたことはない。
池の蓮から直接採って、おやつにしたという話をどこかで聞いた。
きっとまだ青い実の時だろう。
この茶色に枯れた蓮の実が柔らかいとは思えない。
今年は花が咲くのが遅いと思っていたら、ザリガニが根を食べたらしいと傍に住んでいるおじいさんが教えてくれた。
しかし、いつ来ても静かでほとんど人と会うことがない。
バス通りに面しているのに、もったいない話だ。
おおかたの人の視線は街に向かっているようだ。



 蓮の実飛ぶひとりしあれば音のする       茜



2014年9月12日金曜日

合歓の木(ねむのき)


 山野草好きが高じて「合歓の木」を手に入れた。
30センチ程だった幼木も1メートル近くになった。
さやさやとした葉が、下から上へ一枚づつ殖えていって今10枚になっている。
朝、大きく葉を広げ、夜には一葉一葉が閉じてしまい
それぞれが一本の枝のようになる。
まるで割り箸が10本ぶら下がっているような姿になるのだ。
一番上右の黄緑の丸まった葉が新しく開こうとしている葉である。
毎朝葉を数え広がっていく葉の色を楽しんでいる。
下には眠り草を植えたが、葉がよく似ているものである。



 卵売る幟小さし鶏頭花       茜


2014年9月4日木曜日

鶏頭、 ミソハギ


鶏頭が、だんだん頭でっかちになってきた。
小さな種でいっぱいになっているのだ。
深紅の花はうつくしいのに、近頃は余り見なくなった。
というのも、お盆の頃必ず仏前に供える花に入っていたからで、現代の人には古くさく思えるのかもしれない。
うしろの紫色の「ミソハギ」もそうだ。
みそぎはぎ が語源らしく、禊の祓に使われる地方もあるという。
この辺りでは畑の片隅によく咲いている。
今年もお盆に切り花として供えただろう。



 鶏頭の種こぼしつつ膨らみぬ          茜