2016年11月30日水曜日

巨船飛鳥 と タグボート

タグボートが方向転換してくれた
 
右舷の手すりに怖くて近づけない

大きな船は、狭い港の中で自分の力では方向転換出来ず「タグボート」に押してもらう。
右舷、左舷から押されて舳先を進行方向へ向けられるのだ。何倍もの大きさの船を動かす力に驚いた。
タグボートを一度動かすと数百万円かかるといわれ水先案内人の仕事は重大だ。
この大きな船の横に、水先案内人の乗るスペーズがありしきりに指示を飛ばしていた。
たまにしか大きな船が来ない港では、タグボートは最寄りの港から連れてくるそうだ。
外海に出ると、手すりには怖くて近寄れなかった。

2016年11月1日火曜日

短歌 アメリカ

 
                              (クリックすると大きく見えます)

秋雨が音もなく降っている。
こんな日は古い物の整理をすることにする。
もう35年も前、アメリカに滞在していた。
その頃の思い出の写真を紐解いてみた。

左に描いてある「我が日本」、アメリカと比べてなんと小さな国よ。
私達は西海岸のサンノゼに住んでいた。
そこを拠点にあちこち旅行した都市を描いてみた。
北はカナダまで大型キャンピングカーで2日かけて行った。
南はメキシコの国境を越えた。

何度も中華街へ通ったサンフランシスコ、
ディズニーランドへ行ったロサンゼルス、
従弟へ会いに行ったサンディエゴ、

東海岸のニューヨークまで5時間の時差があり
初めてのティファニー本店にどきどきした。
ラスベガスにはお客さんを案内して。
随分若い写真で、子供達も40歳を超えた。
我々も年をとりました。


そのころの短歌
灼熱の断崖にたつ陽炎に共に揺らぎつグランドキャニオン

果てしなく続く砂漠に忽然と台地裂けたり地の果てのごと

山の端に白き雲湧きたちまちにシスコの街を霧は覆いぬ

日本の色に柿の実たわわなる角に住む人訪ねてみたし

麦秋の稜線続くオレゴンを日暮るるまでに越え行かんとす



2016年9月26日月曜日

曼珠沙華

雨の後の曼珠沙華は鮮やかだった。
支えあわねば、茎は倒れるらしい。
それで密集しているのか。
強そうな華の以外な一面を見たような気がした。



 曼珠沙華茎にもつれのなかりけり      美代子


2016年9月14日水曜日

梶(かじ)の葉 2

 
梶の葉は梶の木の葉。昔、七夕の祭りに、歌などをこの葉7枚に書いて星に手向ける風習があった。
俳句の七夕と同じく「秋」の季語として扱われている。
天の川の渡し船の「カジ」と梶をかけたためと思われる。
桑科の落葉高木でその若皮は和紙の原料にもなる。

 その昔は店先にこの葉が売られていたそうだ。
葉の形はさまざまであるが、切れ込みの深い葉の方が趣がある。
今朝採ってきた一枚の梶の葉へ
筆で書いてみた。
紙にでも書いているかのように、しっかりと書けた。



墨匂う朝の梶の葉濡れており     美代子





2016年9月4日日曜日

短歌

                                                   (ミニトマト)
2016. 9月4日(日曜)掲載

日経新聞歌壇
三枝 昂之先生 選

 こんなにも十薬咲いて負けました
       庭の主役にしてやるか夏    美代子




2016年8月27日土曜日

梶(かじ)の葉

散歩の途中で、道にせり出してくる葉に、桑の葉とそれとよく似た葉があり、
梶の葉ではないかと思っていたがよく分からなかった。
最近ようやくその違いがはっきりした。

裏千家茶道の夏のお点前に「葉蓋の扱い」というのがある。
お茶をたてる椀を清め、その水を捨てる水指の蓋のかわりに
木の葉を蓋にするお点前である。
涼しさを演出するのに、こんなはからいをするのが茶道なのだ。

その葉によく使われるのが「梶の葉」だそうだ。
紙すきの原料にもなる梶は、よく見ると細い枝にたくさんの葉をつけているが
その一枚一枚が枝により形が違って面白い。
テレビの茶道を観て、その葉が私の手元にある葉と同じなので驚いたのだ。



2016年8月18日木曜日

ホップ

ホップの花
 
秋海棠(しゅうかいどう)

このホップは園芸種、近くの園芸店で苗を購入したものです。
つる性の多年草で北海道には自生している処があるという。
まつかさ状の苞の付け根に、粘り気のある黄粉状の腺体があり
これに苦みと芳香があり、ビールに用いられる。
そっと嗅いでみたが何の匂いもしなかった。

庭には秋海棠が花盛り、秋まで咲き続けることでしょう。


2016年8月3日水曜日

玉虫

(玉虫)
(玉虫の腹側)
 
林の中を散歩していると、虫の死骸を見かける。
蝉、かぶとむし、とんぼ、玉虫など、今までどこに生息していたのか、
どの木に居たのか、まだ仲間がそこらにいるのだろうかと辺りを見回す。
彼らが死んだからこそ、わが手に載せているのだ。
まじかに見ることはほとんど無いこの昆虫達の翅の色、脚のつき具合、硬い眼を、
しげしげと観察する。
彼らが生きている時は何となく怖い、蝉の脚にしがみつかれた時の驚きは子供時代の恐怖だ。
私達の持たない脚や形、行動が怖いのだろうか。
だいぶ大人になり鈍感になった今平気で手に載せている。

玉虫の不自然にも見えるこの色、
私には金属のようにも見えるのだ。
金属を溶接した時、まわりに虹色の変色が見られる。
そんな色に似ていると思う。



玉虫の金属武装する途中      美代

玉虫の己が死知らぬ色あわれ   〃


2016年7月19日火曜日

シノブ (羊歯)

山野草仲間と話していると、いつも「羊歯(シダ)」の美しさのことになる。
いわゆる花の美しさでもなく、花壇を飾る色合いの美しさでもなく
羊歯の緑、その複雑に入り組んだ葉の亀裂、
いくら見ても見飽きないのである。
ちなみに「羊歯」は冬・新年の季語、
「釣忍」は夏の季語となっている。



 せせらぎが聞こえてきそう釣忍      美代


2016年7月6日水曜日

ミニトマト 2016

 
(葉影に隠れていたトマト)
(鈴なりトマト) 
 
小さな庭の片隅に、今年もミニトマトが熟れました。 
5月に2株の苗を植えて、今は数十の房が下がっています。
これから少しずつ熟れていく事でしょう。
一房に15個ほど実をつけるのですが、一度に熟れ揃うことはなく、1,2個づつ
収穫していきます。
葉の影にならぬよう、重なる葉は間引き太陽に当たるようにします。
ささやかな私の楽しみです。


梅漬けて誰も来ぬ日のストレッチ